ユン・チアン「ワイルド・スワン」下

ワイルド・スワン(下) (講談社文庫)

ワイルド・スワン(下) (講談社文庫)

 文化大革命の終焉。毛沢東の死、4人組の逮捕、そして訒小平の時代になり、留学へ。すさまじい暴力と血に彩られた中国の現代史だった。凄惨な話なのに、救われるのは家族愛があったため。これで家族が解体されていけば、救いのない悲惨な話になっていく。むしろ、そうした家庭のほうが多かったのだろうけど。毛沢東とは一体、何だったのだろう。

 毛沢東の思想は、あるいは人格の延長だったのかもしれない。私の見るところ、毛沢東は生来争いを好む性格で、しかも争いを大きくあおる才能にたけていた。嫉妬や怨恨といった人間の醜悪な本性をじつにたくみに把握し、自分の目的に合わせて利用する術を心得ていた。毛沢東は、人民がたがいに憎みあうようにしむけることによって国を統治した。ほかの独裁政権下では専門の弾圧組織がやるようなことを、憎みあう人民にやらせた。憎しみという感情をうまくあやつって、人民そのものを独裁の究極の武器に仕立てたのである。だから、毛沢東の中国にはKGBのような弾圧組織が存在しなかった。必要なかったのだ。毛沢東は、人間のもっとも醜い本性を引き出して大きく育てた。そうやって、倫理も正義もない憎悪だけの社会を作りあげた。しかし、一般の民衆ひとりひとりにどこまで責任を問えるのかとなると、私にはよくわからなかった。

Mao: The Unknown Story 文革時代の残虐非道への処置も、4人組以外は、中途半端に終わったという。完全に手の白い人間などいなかったからだ。人民同士を対立させた結果、みんな、やましいところを持っていた。ユン・チアンの新作が毛沢東というのはわかる。父、祖母、伯母や友人、知人を死に追いやり、自分の青春を奪った毛沢東について書かなければいられなかったのだろう。嫉妬や怨恨を利用して、人々を対立させ、自分の都合いいように組織を操ろうとする人は、会社でも学校でも社会でも、どの世界にもいる。しかし、これほどの規模で動かした毛沢東とは何だったのだろう。スターリンヒトラーポル・ポトは責められても、毛沢東はいまだにポジティブな記憶を残している。イメージ戦略がそれほど巧みだったのか。ユン・チアンは、毛沢東の謎と真実に迫ることこそ、あの時代を生き残った者の使命と思っているんだろうなあ。