村上陽一郎「ペスト大流行−−ヨーロッパ中世の崩壊ーー」

 パンデミック(伝染病の世界的な規模での大感染)という言葉で現在、すぐに思い浮かぶのは鳥インフルエンザの変異による人間感染への恐怖だが、昔、中国から欧州まで文明社会をなめ尽くすような巨大な伝染病があった。「黒死病」ともいわれたペストだ。ペストの大感染が発生する前に大地震があったとか、何となく現代を想起させるようなところがある。伝染を媒介するクマネズミの移動とともに汚染地帯が拡大していったというのを読むと、人間もまた生態系の中に生きているんだなあ、と思う。地図から街を消してしまうような致死率の高いペストの津波は、人口構成を変え、社会構造を変化し、宗教改革運動を生みだすきっかけとなり、一方でユダヤ人虐殺のような忌まわしい事件を引き起こす。病気が世界を変えてしまう。過去を思うと同時に、未来を考えさせる本でもあった。