リチャード・ゴールドバーグ「ウォール街の崩壊の裏で何が起こっていたのか?」

ウォール街の崩壊の裏で何が起こっていたのか?―セルサイドからバイサイドへの勢力の逆転を現場の声で伝える

ウォール街の崩壊の裏で何が起こっていたのか?―セルサイドからバイサイドへの勢力の逆転を現場の声で伝える

 副題に「セルサイドからバイサイドへの勢力逆転を現場の声で伝える」。証券関係の人から、「いまや主役はセルサイドではなく、バイサイド」という話を聞いたことがあって、どういう意味なんだろうと思っていたところで、この本に出くわす。田村勝省氏の訳注によると、バイサイドとは「機関投資家など、証券に投資する側。お金を預かり、そのお金で株券などを買って、運用を行う。ヘッジファンドもバイサイドに含まれる。株を買うという点では個人投資家もバイサイドと言える」。セルサイドは「主に証券会社。株式や債券などの証券を売る側」。読んでいると、セルサイドには、商業銀行、投資銀行も含まれている。投資銀行には、バイサイド的な役割もある。
 従来は、セルサイドが投資に関する決定的な情報、インフラを握っていた。しかし、IT革命がこの構図を破壊し、バイサイドの情報力を向上させた。アナリストも、メディアも、バイサイド向けに充実してきているし、報酬の高さがさらにバイサイドへと人材を傾斜させるという。なるほど、そういわれてみると、という話がいくつも出てくる。ブルームバーグの隆盛もバイサイドへの主役移行と切り離して語れないし、トムソン・ロイターの合併にしても、この文脈で見ると、理解しやすい。セルサイドからバイサイドへ勢力が移行すると、売るための情報よりも、買うための、より専門性が高い情報へと移行していくわけね。なるほど。
 以下、興味深かったところをちょっと抜き書きすると、アジア太平洋市場を中心に活動している証券会社、CLSAエマージング・マーケッツについて・・・

 新規なアイデアの一つに、CLSAではアナリストとしてジャーナリストを採用するというものがあった。重要ではない些事に陥ることなく、読者に向かって物語を「見る角度」と必須事項を伝えてくれるだろうと考えたのである。彼はアナリストに向かって「最初にストーリーを掲げて、数字は後に付け加える」ように指示した。

 なるほど。ストーリーなのだ。次に、金融技術について

 本書で繰り返し登場するテーマは、投資の世界では金融技術の重要性が高まっているということである。取引所は、ウォール街におけるこの重要な一角にある戦場を技術がどのように変えたかを示す適例となっている。技術のおかげで電子的な取引所が生み出され、それは伝統的な取引所にとって非常に手強い競争相手になっている。

 で、電子取引ネットワーク(ECN)について、アーキペラーゴ証券取引所(ArcaEx)をつくったジェラルド・パットナムの見解

 電子取引は、より迅速な取引が持つ可能性を提供した。NYSEにおける典型的な取引は22秒かかるが、ECNのような完全に自動化されたシステムでは、この種の取引は1秒もかからない。パットナムは次のように述べたと報じられている。伝統的なフロア取引と電子取引の時間差は、市場が活況を呈している時には「一生涯」にも相当する。市場は目がくらむような速さで動くことがあり、数秒というのはトレーダーが確保できる価格に大きな相違をもたらしかねない。パットナムとそのチームは、バイサイドにとって時間が重要であることを認識し、その問題への取り組みがヘッジファンドなど大手のバイサイド顧客を獲得するのに役立った。

 著者は、一握りのグローバルな取引所が世界のマーケットになるとし、それはニューヨーク・グループ(ナスダックと合併したNYSE)、シカゴ・グループ(CME)、フランクフルト・グループ(ドイツ証券取引所)の3つだという。ロンドンではないのか。
 今回の金融危機に際しての対処策として、格付け機関については、政府管理ではなく、バイサイドが資金を出し合ってでも独立的な格付け機関を守るべきだと象徴し、また、異常事態に際しては、時価評価の停止を考えるべきだという。そのほうが金融機関に対する資本支援よりも安くつくとも。一方で、カウンターパーティリスクを勘案し、レバレッジに対する規制は必要と考えている。カジノで遊びたいのならば、会費を払うのは当然だろうと。
 で、最後に金融界の将来像について。セルサイドの投資銀行は3つのグループが中心になるだろうという。
 第1のモデルは商業銀行と投資銀行のハイブリッド。クレディ・スイスゴールドマン・サックスJPモルガンなど。
 第2のモデルは(金融危機の)混乱後もまだたち続けている連中。グリーンヒル&カンパニー、ジェフェリーズ・グループ、ラザードなど。
 第3の軍団はウォール街の新しい連中。小規模な専門店のような企業で、ヘッジファンドのように見えるが、実際には投資銀行のような業務をしているところ。
 で、セルサイドの銀行のポイントは

 しっかりとしたバランスシートを持ち、少しばかり長い期間にわたって有能な人材を確保し、バイサイドと結びつく方法を革新して見つけ出していくような企業が勝者になるだろう。

 一方、バイサイドの雄、ヘッジファンドの未来は・・・
 第1に、ヘッジファンドの資産と戦略は増加を続けるだろう。
 第2に、世界は1万本ものヘッジファンドを必要としてない。多くのファンドが消え去るだろう。
 第3に、大きなヘッジファンドはますます大きくなるだろう。
 第4に、ヘッジファンドは引き続きプライベート・エクイティ業務の拡大を続けるだろう。
 で、結論として

 ヘッジファンド分野で明らかな勝者は、非公開資産の分野(すなわちヘッジファンドと程度は劣るがプライベート・エクイティ)にとどまるD・E・ショーのような大手プレーヤーであろう。しかし、ヘッジファンドが大きな多角的な企業に変質して、セルサイドを荒らしまわるという姿は予想しがたい。そのような企業をうまく運営できる能力をもった人間はそう多くはない。シタデルは珍しい例外であり、2008年以降には明確な勝者になる可能性がある。

 それとヘッジファンドの投資法については

 私見では、コンピューター技術による投資に対する信頼が低下する一方、コアバリュー投資に対する信頼が高まるだろう。ヘッジファンドは、マージンの薄い商品に20から30倍のレバレッジをかけて取引するようなことは止めて、コアバリュー投資に、すなわち信用分析に基づいてレバレッジをあまり使わない投資に戻るものと期待される。銘柄選択に戻ることを祈りたい。それこそエネルギーを集中すべきところだ。

 最後の最後に、日本の銀行に対する言及。

 かつて1980年代に、日本の銀行は、日本の投資銀行もそうだが、アメリカのセルサイドの銀行を買い漁った。1990年代になると、自国の不動産あるいは経済問題に巻き込まれて脇に退いた。幸運なことに、彼らはサブプライム住宅ローンについて「銀行が狂乱する」という戦略に参加しなかった。邦銀はバランスシートが強くなり、これは信用危機を乗り切るために、アメリカのセルサイドの銀行が自由に使いたいと思っている流動性プールである。そして邦銀は、アメリカにおける運用機会と自国での運用機会の欠如を融合させることを検討している。アメリカでのそのような機会ーーおよび他の好機の先駆けーーは、2008年10月の三菱UFJモルガン・スタンレーに対する出資であった。政府系ファンド、中国、インドなど国際的な流動性のテーブルに座っている人達に向かって、私はこう言うだろう。「邦銀というもう一人のプレーヤーのためにスペースを空けること」。

 う~ん。これって下手をすると、邦銀はカネをむしられるだけで終わるリスクもあるけど。「バイサイドと結びつく」革新的方法を発見しないと。