映画「ミレニアム」を見ていたら、「マルティン・ベック」シリーズを思い出した

 スウェーデンが生んだ大ヒット・ミステリーの「ミレニアム」三部作の映画化第1作「ドラゴン・タトゥーの女」を見たのだが、見ているうちに、同じスウェーデンの警察小説シリーズを思い出した。マイ・シューヴァル、ペール・ヴァールー夫妻が生んだ「マルティン・ベック」シリーズ。「ミレニアム」の主人公は、名誉毀損で訴えられた調査報道記者と鼻ピアスにドラゴンの刺青を背中に入れた女性ハッカーだが、こちらはマルティン・ベック警視を中心とした個性的な刑事たちが集まったストックホルム警察殺人課の捜査ストーリー。「ミレニアム」と同じように、事件の背景にスウェーデンが抱える様々な社会問題が織り込まれる。舞台はスウェーデンでも、それは先進国が抱える共通の社会病理であったりするから、どこの国の人が読んでも面白い。
 ウィキペディアで調べてみると、ベックものは長編10作だが、そのなかで第一のオススメは。

笑う警官 (角川文庫 赤 520-2)

笑う警官 (角川文庫 赤 520-2)

 「笑う警官」というタイトルが卓抜で、これは映画化もされた佐々木譲の警察小説の同名タイトルとなっている。アマゾンにあった本の紹介はこんな感じ。「ベトナム反戦デモが荒れた夜、放置された一台のバスに現職刑事八人を含む死体が! 史上初の大量殺人事件に警視庁の殺人課は色めき立つ。アメリカ推理作家クラブ最優秀長編賞受賞の傑作」。正確には「現職刑事八人を含む死体」ではなくて、「現職刑事を含む八人の死体」だけど、いずれにせよ、この本は面白い。ウォルター・マッソー主演で映画化もされている。このときは舞台はストックホルム警察殺人課ではなく、サンフランシスコ警察殺人課だった。「笑う警官」は、マシンガンでバスの乗客が惨殺されるところから始まるので、邦題は「マシンガン・パニック」という、いかにもなタイトルとなっていた。しかし、ハリウッドで映画化されたということは、それだけストーリーがしっかりしているということなんだろう。
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 いずれにせよ、この本で「マルティン・ベック」シリーズにハマって、ほぼ全て読んだ。次に印象に残っているのはこちら。
消えた消防車―推理小説 (角川文庫 赤 520-3)

消えた消防車―推理小説 (角川文庫 赤 520-3)

 こちらも「消えた消防車」というタイトルが謎めいていて、これだけでも相当イケテル。この本の謳い文句をみると、「火事だ! 突然ラーソン警部の目前で、監視中のアパートが爆発炎上した。焼死者の中には重要事件の容疑者も…。出動したはずの消防車は何故消えたのか。捜査線上に浮かんだ戦慄的陰謀の構図とは?」。面白そうでしょ。面白かったんです。この謳い文句に出てくる「ラーソン警部」とは、このシリーズでマルティン・ベックと肩を並べる主役級の個性派刑事。でも、この本、アマゾンではいまは在庫切れしているみたい。絶版じゃないといいけど。
 もう1作は悩むところ。どれもコンスタントに水準が高く、面白いが、「笑う警官」のインパクトがあまりで、ほかは甲乙つけがたく・・・。で、映画化された作品というと、こちら。
唾棄すべき男 (角川文庫 赤 シ 3-7)

唾棄すべき男 (角川文庫 赤 シ 3-7)

 謳い文句では「その現場は凄惨な血の海だった。被害者は現職の警察官、ニーマン主任警部。ベックの捜査の前に、ニーマンの意外な一面が明らかになる。警察小説に新領域をひらいた、マルティン・ベック=シリーズ」。こちらを映画化した「刑事マルティン・ベック」は、ボー・ウィデルベルイ監督のスウェーデン映画。本場ストックホルムでロケされたドキュメンタリータッチの映画で、マルティン・ベックも最後に大変なことになる。
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 「マルティン・ベック」シリーズは、現実の社会問題を犯罪の背景に起き、捜査する刑事たちも個性的で、警察の官僚機構に対して複雑な気持ちを持っている。犯罪は摘発しなければならないが、自分たち警察が絶対的な正義の存在とも思っていない。良心も、邪心も、野心もある人間としての警察官が描かれ、良い警官もいれば、悪徳警官もいるし、警官たちは組織の中であがいている。高村薫の「マークスの山」を読んだとき、これって「マルティン・ベック」シリーズじゃない、と思った。ストーリーが似ているというのではなくて、警察群像劇であり、主人公たちの個性、社会問題の織り込み方とか、作品の空気が似ていた。
 最後に、どの作品か忘れたが、マルティン・ベック物で印象に残っているエピソードをひとつ。あるアパートで老人が死んでいた。そのアパートにはペットがいないのに、ペットフードの空き缶が散乱していた。なぜか。高齢で困窮した老人は、わずかな年金(か生活保護か)で生きるためにペットフードを食べて暮らしていたというのだ。高度福祉国家というスウェーデンで、こんなことが起きているのかと衝撃を受けた記憶がある。「ミレニアム」の保護観察官もそうだが、制度だけでは救われない。直接的なストーリーとは関係ないエピソードだったと思ったが、捜査の過程で浮かび上がる都市の風景が印象的な作品群。このあたりも「ミレニアム」と共通しているかもしれない。