村上春樹『村上春樹 雑文集』
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2011/01/31
- メディア: 単行本
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インタビュー集の『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』と続けて読むと、軽やかなようでいて、一本筋が通っている人だと改めて思う。両方を読んでいて感じるのは、これほど言葉の力を信じている人はいないかもしれない。そして、どんなに状況が悲観的でも、ペシミズムやシニシズムに陥らないというのは、すごいことだと思う。日本の「文壇」は、村上春樹を否定してきたらしいが、日本の文学の可能性をいちばん信じているのは実は村上春樹だったりするところが皮肉な感じがする。まあ、そんなややこしい話は抜きにして、ともあれ、「トニー滝谷」誕生秘話から作家論、音楽論、翻訳論、そして最後の安西水丸×和田誠の豪華「解説対談」に到るまでバラエティに富み、楽しく読める本。
目次で内容を見ると...
前書−−どこまでも雑多な心持ち
序文・解説など
あいさつ・メッセージなど
音楽について
『アンダーグラウンド』をめぐって
翻訳すること、翻訳されること
人物について
目にしたこと、心に思ったこと
質問とその回答
短いフィクション−−『夜のくもざる』アウトテイク
小説を書くということ
解説対談 安西水丸×和田誠
この目次を見ても、まさに雑文集。お気に入りは感動的な「壁と卵」を筆頭に、「ジム・モリソンのソウル・キッチン」「ノルウェイの木を見て森を見ず」「ビリー・ホリデイの話」「東京の地下のブラック・マジック」「スコット・フィッツジェラルド−−ジャズ・エイジの旗手」「デイブ・ヒルトンのシーズン」「TONY TAKITANIのコメント」などなど。
いくつか、印象に残ったところを抜書きすると
しかし彼らになくて僕らにあるものもある。多くはないけれど、少しはある。それは前にも述べた継続性だ。僕らは「文学」という、長い時間によって実証された領域で仕事をしている。しかし歴史的に見ていけばわかることだが、文学は多くの場合、現実的な役には立たなかった。たとえばそれは戦争や虐殺を詐欺や偏見を、目に見えたかたちでは、押し止めることはできなかった。そういう意味では文学は無力であるともいえる。歴史的な即効性はほとんどない。でも少なくとも文学は、戦争や虐殺や詐欺や偏見を生み出しはしなかった。逆にそれらに対抗する何かを生み出そうと、文学は飽くこともなく営々と努力を積み重ねてきたのだ。もちろんそこには試行錯誤があり、自己矛盾があり、内紛があり、異端や脱線があった。それでも総じて言えば、文学は人間存在の尊厳の核にあるものを希求してきた。文学というものの中にはそのような継続性の中で(中においてのみ)語られるべき力強い特質がある。僕はそう考えている。
「彼ら」はオウム真理教に代表されるようなカルト。「僕ら」は小説家。このあと、「物語は魔術である」として、小説家は白魔術、カルトは黒魔術という記述もある。村上春樹は、文学の力、物語の力、言葉の力を信じている人なのだ。
「壁と卵」の中にも、こんな一節がある。
私が小説を書く理由は、煎じ詰めればただひとつです。個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。我々の魂がシステムに絡め取られ、貶められるのことのないように、常にそこに光を当て、警鐘を鳴らす、それこそが物語の役目です。私はそう信じています。生と死の物語を書き、愛の物語を書き、人を泣かせ、人を笑わせることによって、個々の魂のかけがえのなさを明らかにしようと試み続けること、それが小説家の仕事です。そのために我々は日々真剣に虚構を作り続けているのです。
この地震は多くの日本国民に、二つのきわめて陰鬱な認識をもたらすことになった。
(1)我々は結局のところ、不安定で暴力的な地面の上に生きているのだ。
(2)我々の社会システムにはどうやら、間違ったところがあるらしい。
阪神大震災から16年たってから起きた東日本大震災でも、この認識は変わらないなあ。
オウム真理教の地下鉄サリン事件の実行犯たちについて
この五人の実行犯は全員が理工系の学問を修めた「エリート」であるという以外に、もうひとつの共通項をもっている。大半が当時三十代であっったということだ。彼らは六〇年代後半の学生反乱の時代のあとにやってきた「遅れてきた」世代だった。大学に入ったときには、大きな政治的、文化的ムーヴメントは既に終わってしまっていた。振り子は向きを変え、エスタブリッシュメントが再び権力を手にしていた。彼らが目にしたのは「宴のあと」の気怠い静けさだった。かつて掲げられた理想は輝きを失い、鋭く叫ばれた言葉は力を失い、挑戦的であったはずのカウンター・カルチャーも先見性を失っていた。ジム・モリソンもジミ・ヘンドリックスも既になく、ラジオから聞こえてくるのは、どことなくもの悲しいディスコ・ミュージックだけだった。「良きものはすべて前の世代に食い荒らされてしまった」という漠然とした失望感が漂っていた。
時代の空気をよく表現しているなあ。で、その人たちがどうなっていったのか。
どれだけ日本が経済的繁栄を数字の上で誇っていても、社会を構成する「普通の人々」が、それにふさわしい豊かな生活を自分たちが手にしていると実感することはむずかしかった。それはどれだけ近づいても、常に遠ざかっていく砂漠の蜃気楼に似ていた。だからこそ彼らは−−オウム真理教に帰依した人々は−−自らが安易に社会化されることに対して「ノー」と言わないわけにはいかなかったのだ。「みんなはそれをやっているかもしれないけど、私はそれをしたくないと」と。
問題は、社会のメイン・システムに対して「ノー」と叫ぶ人々を受け入れることのできる活力のあるサブ・システムが、日本の社会に選択肢として存在しなかったことにある。それが現代日本社会の抱えた不幸であり、悲劇であるかもしれない。このようなサブ・システムの欠落状況が根本的に解決されない限り、似たような犯罪が再び起こされる可能性は十分にある。オウム真理教団を潰せばそれで解決するというような単純な問題ではないのだ。
鋭いなあ。いまも、サブ・システムは見えてこない。
オウム信者のこんな話も...
オウム真理教に帰依した何人かの人々にインタビューしたとき、僕は彼ら全員にひとつ共通の質問をした。「あなたは思春期に小説を熱心に読みましたか?」。答えはだいたい決まっていた。ノーだ。彼らのほとんどは小説に対して興味を持たなかったし、違和感さえ抱いているようだった。人によっては哲学や宗教に深い興味を持っており、そのような種類の本を熱心に読んでいた。アニメーションにのめり込んでいるものも多かった。言い換えれば、彼らの心は主に形而上的思考と視覚的虚構のあいだを行ったり来たりしていたということになるかもしれない(形而上的思考の視覚的虚構化、あるいはその逆)。
彼らは物語というものの成り立ち方を十分に理解していなかったかもしれない。ご存じのように、いくつもの異なった物語を通過してきた人間には、フィクションと実際の現実とのあいだに引かれている一線を、自然に見つけだすことができる。その上で「これは良い物語だ」「これはあまり良くない物語だ」と判断することができる。しかしオウム真理教に惹かれた人々には、その大事な一線をうまくあぶりだすことができなかったようだ。つまりフィクションが本来的に発揮する作用に対する免疫性を身につけていなかったと言っていいかもしれない。
秀逸な分析。別のエッセイでは、こんな話。
正直なところ僕には、社会は劣悪化していると断言することはできない。社会はとくに良くもならず、それほど悪くもならず、ただ混乱の様相を日々変化させているだけではないか、というのが僕の基本的な視点だ。乱暴な言い方をすれば、社会というのはもともと劣悪なものだ。でもどれほど劣悪であれ、我々は−−少なくとも我々の圧倒的多数は−−その中でなんとか生きのびていかなくてはならない。できることなら誠実に、正直に。重要な真実はむしろそこにある。
さらに突っ込んで言えば、そこにある外なる混沌は、他者として、障害として排斥すべきものではなく、むしろ我々の内なる混沌の反映として受け入れていくべきものではないかと、僕は考えている。そこにある矛盾や俗っぽさの偽善性や弱さは、我々自身が内側に抱え込んでいる矛盾や俗っぽさや偽善性や弱さと実は同じものではないのか? 海に入ったときに、身体のまわりを包んでいる海水と、我々の内なる体液とが成分として互いに呼応しているように......。
そうだなあ。
最後に「トニー滝谷」が生まれたきっかけは、マウイ島の安売り古物ショップで買った、胸に「TONY TAKITANI」という黒い文字の入ったTシャツだという。そのTシャツに入った名前の人物が気になりだして、ついに自分で、その人の物語をつくってしまったのだそうだ。その後、ある編集者がこの本物を発見したという。Tシャツは、その人の選挙キャッペーン用につくられたもので、本人は「ホノルルで弁護士をしている」という。この文章をもとに調べみると、「Anthony P. Takitani」という人のように思える。トニーはアンソニーの愛称だし、経歴も一致する。この人だろうか。
★Anthony P. Takitani => http://www.takitanilaw.com/who-tony.php
そんなこんなで、楽しめる一冊でした。