「タイタニック」を最初に映画化したのはゲッペルスだった?ーー「検証!ナチス製作 映画『タイタニック』」

第二次世界大戦中のナチスには奇妙な逸話がある。タイタニック号沈没の映画製作だ。ヨーゼフ・ゲッベルス宣伝相が製作を決定したこの大作映画は規模が大きすぎたため、完成させるには人員、物資、船舶などを戦場から引き戻さなければならないほどだった。作品の構想を巡っては、ハーバート・ゼルピン監督がゲシュタポに捕らえられ、翌日死体となって見つかった。しかし、この映画はヨーゼフ・ゲッベルス宣伝相が期待したほど大々的には公開されず、ナチス占領下のパリで上映され、1950年代のハリウッド映画「SOSタイタニック/忘れえぬ夜」で映像が使われただけだった。

民族の祭典【淀川長治解説映像付き】 [DVD] 意志の勝利 [DVD] ナチス・ドイツ宣伝相のゲッペルスが「タイタニック」をつくっていたという戦争秘話。このヒストリーチャンネルのドキュメンタリーが面白かった。タイタニック号沈没を通じて、安全よりも利益に狂奔する英国の資本家を批判するプロパガンダ映画として企画されたらしいのだが、次第に戦局は悪化。それにもかかわらず、巨費を投じ、戦時下にかかわらず、兵士、物資を動員する。ロケに使いたいと現実の客船は用意させる....。もう事実は小説よりも奇なり。独裁政権の不可解な行動を象徴するような物語。ナチスとしては「意志の勝利」「民族の祭典」の成功が忘れられなかったのか。ゲッペルスは映画に淫していたのだろうか。
 一方、当時の映画人は、映画の制作現場にいるためにナチの党員になる者が多かったという。特に信念があるわけでもない。監督のゼルピンもそんな一人で、撮影中にナチスと軍を批判したことが密告され、逮捕されてしまう。しかし、すでに戦局が悪化していたためか、あるいは、後世に名を残すことを考えたのか、ゲッペルス直々の尋問の際に容疑事実を認め、獄中で自殺する(他殺説もある)。
イングロリアス・バスターズ [DVD] 監督が死んだ後も、映画の製作は続き、映画は完成するのだが、既にベルリンも爆撃されるような状況で、ドイツ自体がタイタニック状態になってしまい、当初のプロパガンダの意味が失われてしまう。加えて、ゼルピンが意図したのかどうか、多くの乗客を死に至らしめる元凶となる傲慢な客船会社の社長は、英国の資本家というよりも、ヒトラー総統をはじめとした頑迷かつ唯我独尊のナチス指導部のように見えてしまう。そんなこんなで、ドイツ国内では上映禁止、プラハでプレミアを行い、占領地域で公開されたという。ゲッペルスとしても、少しでももとを取ろうとしたのだろうか。この映画について「芸術的にも商業的にも意味のない映画」みたいな話をしていたらしいが、商業性も求めていたのだろうか。本当にプロデューサーだな。でも、プラハでプレミアというと、タランティーノの「イングロリアス・バスターズ」の中に、パリでプレミア試写会を開く話が出てくるのも荒唐無稽な作り話とはいえないのだな。
 ナチス版「タイタニック」のフィルムが1958年製作の「SOSタイタニック/忘れえぬ夜」に使われていたというのも、びっくり。この英国映画*1ジェームズ・キャメロンの「タイタニック」が登場するまでは、タイタニックものの定番だったのだが、その前にドイツに「タイタニック」があったとは...。世の中、知らないことがいっぱいあるなあ。
 さらに、このロケに使われた客船の末路もすごい。敗戦直前、ナチス強制収容所の証拠隠滅のためにユダヤ人をこの客船に載せ、可燃物を積み込んだ上で、輸送船のように見せかけ、英国空軍に攻撃させ、炎上、沈没させる。燃えさかる船から海に逃れた人間は浜で待ち構えて射殺したという。結果、この客船ではタイタニックの3倍の死者が出たという。このあたりの妙な功利主義・合理主義と、戦時下に映画に巨大な資源を投じる非合理性ーーナチスというのは人間の不可解さ、怖さ、残酷さを見せてくれる集団なのだな。だから、ドキュメンタリーからフィクションまでナチス・ネタが絶えないのだなあ。

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*1:上記のヒストリーチャンネルの番組紹介では「ハリウッド映画」となっているが、ケネス・モア主演だし、Wikipediaを見ても、英国映画だと思う。参考:A Night to Remember (1958 film) - Wikipedia => http://bit.ly/JvSc0g