高橋洋一『「借金1000兆円」に騙されるな!』

 今回の総選挙で、自民党の安倍総裁は、デフレ対策、経済対策として、日銀に物価目標を設定する、そして、日銀はもっと国債を引き受ければいい、と主張したわけだけど、その理論的なバックボーンとなっているエコノミストのひとりが、第1期・安倍政権の内閣参事官でもあった高橋洋一氏であり、その主張をわかりやすく解説してある本がこの本だな。読んだのはKindle版だが、新書として出版されたのは、今年4月。既に、安倍次期首相は、自らの政策として、この路線を認識していたのだろうか。実際、文中には、こんな記述もある。
 著者は、日銀の自由とは、手段の独立性であって、目標の独立性は政治が決めるもので、そのように日銀法を改正すべきだというのが持論なのだが...

あまり知られていないことだが、自民党内で急速に日銀法の改正やインフレ目標が議論されるようになったことは、実は安倍晋三元総理大臣による働きかけが大きい。

 なるほどなあ。インフレターゲットで日銀と政府でアコード(政策協定)を、というのは、総選挙に臨んでの思いつきではなくて、それ以前からの話なのだなあ。高橋氏の日銀批判、白川総裁批判はこれまで無視されてきたわけだが、今度の選挙の結果で、さすがの日銀もそういうわけには行かなくなったのだなあ。経団連の米倉会長は、安倍氏国債買い取り論を「無鉄砲」と批判して、あとで謝罪したり、果ては昨日の総選挙後初の安倍次期首相と経団連の会合を病欠したり、ドタバタしていたが*1、要するに、これまであった経済論争を知らなかったのか、日銀派だったのだなあ。他人のことを批判する割に、勉強していない人だったのだろうか。批判するならば、経済理論で反論しないとねえ。
 というわけで、安倍次期首相がこれからやろうとする経済政策、金融政策を理解するうえで絶好の本。新書なので、すぐに読めてしまうところもいい。おまけにKindle版もある。
 目次で内容を見ると...

第1章 誤解や嘘を解くための国債の基礎知識
第2章 格付け会社を信用するな!
第3章 日本はギリシャのように破綻するか
第4章 いま増税すれば日本はこうなる!
第5章 日本再生の経済運営とは

 第1章では、国債グロスではなく、国が持つ資産と相殺したネットで評価すべきであり、グロスの1000兆円で財政を語るのは誇張という。それがタイトルにもなっている「借金1000兆円」に騙さられるな、の出資。諸外国は、日本政府ほど資産を持っていないので、単純な比較には意味がないという。そのほかにも、いろいろと数字のトリック(数字を読む上での注意点)が紹介されている。日本再生の経済運営は、日銀による国債引き受け、物価目標(インフレ・ターゲット)の設定など、現在、安倍次期首相が打ち出している経済・金融政策と重なり合う。
 高橋氏は、増税には反対であり、復興資金としては「100年復興国債」の発行を提案しているが、このあたりは安倍次期首相の本音はどうなのだろう。
 ちなみに財政破綻論については一つひとつ反論しており、この本のデータも引き合いに出しながら、論じている。

国家は破綻する――金融危機の800年

国家は破綻する――金融危機の800年

 ベストセラーにもなった『国家は破綻する』。この本では、原題の『This Time Is Different』を使っている。さまざまなデータを使って、論を展開していくのだが、それはこんな考え方から。

専門家は、専門家になる過程で、必ず川を遡り、海を渡ると称される。川を遡るとは、歴史を徹底的に調べるということ。そして海を渡るとは、海外の事例を調べるということだ。

 米倉会長も反論するのだとすると、川を遡り、海を渡ってからではないと、〝無鉄砲〟だった。
 格付け批判で面白かったのは、単純に格付け会社を批判するだけでなく、新たな指標として「CDSクレジット・デフォルト・スワップ)」を上げていること。格付けよりも早く、実情を反映するという。
 一方、インフレ予想については、こちら...

 物価連動債と普通の国債(非物価連動債)の利回り格差から、市場の平均的なインフレ予想を計算する。これを「ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)」と呼ぶ。これは世界中の中央銀行が導入し、使っている。BEIが高すぎると、引き締めなければいけない。低くなりすぎると、もっとお金を伸ばさなければいけない。

 なるほど、そういう指標があったのか。
 そういうわけで、経済政策は、こんな具合になる。

 みんなで選んだ政権が決めたインフレ目標をみんなで共有し、そこに向かって金融を少しずつ緩めればいい。経済の体温が熱くなりすぎていないかを計るためにはBEIを使えばいい。そして、日本国債の健全性はCDSを念のためウォッチしていればいい。結局、その国の経済が成長していることが、何よりも大切なのだ。

 この部分を読んでも、これから安倍次期首相がやろうとしていることが見えてくる。というか、実際に、この路線で既に着手している感じがする。
★ 私はKindleで読んだけど、新書版はこちら...

「借金1000兆円」に騙されるな! (小学館101新書)

「借金1000兆円」に騙されるな! (小学館101新書)

*1:安倍氏の金融緩和策「無鉄砲だ」…経団連会長 : 読売新聞 => http://bit.ly/U7WC3w
経団連会長、安倍氏に謝罪 「全面的に経済政策を支持」 - 朝日新聞 => http://bit.ly/VBrIhb
経団連幹部に大型補正の方針説明 米倉会長は病欠 - MSN産経ニュース => http://on-msn.com/UQifDT