ポール・クルーグマン他『クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門』

クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門

クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門

 今回の総選挙で自民党が圧勝し、安倍政権が誕生することで、一気に実現に動き出したインフレ・ターゲット政策。安倍次期首相が選挙のために突然、思いついたわけではなく、この議論は以前からあった。この本の出版は2003年だが、中身は1998年にポール・クルーグマンがネット上に発表した、日本はインフレ期待政策(インフレ・ターゲットとか調整インフレとか物価目標とか)をとるべきだという経済学論考を山形浩生氏が編訳し、解説をつけたもの。クルーグマンに加え、ラルス・E・O・スヴェンソンの「絶対確実!流動性の罠脱出法」も収録している。
 こうして読むと、既に今から10年前の段階で、マクロ経済学の世界では、インフレ・ターゲット論は、流動性の罠に陥った日本がデフレ経済から脱する手法として提唱されていたことがわかるし、実際、2008年のリーマン・ショックで、日本と同じような状況に陥ったとき、欧米各国は物価目標やら雇用目標やらを設定した金融政策を中央銀行がとっている。しかし、日本では、いかなる時代でも、中央銀行にとってインフレは最大の敵という信念が障害になって、なかなか議論が進まなかった。
 この本では、マクロ経済学を活用しながら、日本は流動性の罠に落ちっていることを論証し、さらに、そこから生れたデフレ状況から脱するには、インフレ期待をつくるしかないし、それは金融政策で作り出せるということを解説し、説得力がある。しかし、こうした本が出ていても、出版から10年近くたってもデフレから脱することができず、ようやく今になって動き出すのだなあ。人間の頭を変えることはどれだけ難しいことがわかるし、いよいよ実行に移されるインフレ・ターゲット政策が理論と同様の効果を上げるのかどうか、注目されるなあ。
 目次で内容を見ると、こんな感じ...

復活だぁつ! 日本の不況と流動性の罠の逆襲
1.はじめに
2.流動性の罠の理論再訪
3.日本のはまった罠
4.むすび
付論
 付論A 流動の罠の下での金融仲介と金融総量
 付論B 金融拡大の経常収支と実質為替レートへの影響
 付論C インフレ期待を作るには
「復活だぁつ!」解題(山形浩生
 1.流動の罠の理論的な存在根拠
 2.そこからの示唆:理論上の対応策として何が有効で無効か
 3.日本への適用可能性について
 4.その他
日本の流動性の罠について:追記
面子がどうのとか、浮わっついた話をしてる場合かね
十字の時:公共投資で日本は救えるのか?
 批判や代替案のあれこれ(山形浩生
日本:まだはまってます
 新古典派でもケインジアンでも(山形浩生
絶対確実!流動性の罠脱出法(ラルス・E・O・スヴェンソン)
 流動性の罠脱出法(山形浩生
 結論とおまけ(山形浩生

 こうして、読むと、最も経済学に遠そうな安倍さんが、ようやく経済学に則った政策を取るということなのかなあ。成功に期待したいものです。
【追記】
 追加で、印象に残ったところを抜書きすると...

 伝統的な見方では、流動性の罠において金融政策は無力で、財政支出の拡大だけが唯一の出口、ということになるけれど、これは考え直すべきだ。もし中央銀行が、自分たちは無責任になり、将来はもっと高い物価水準を目指します、ということを信用できる形で約束できれば、金融政策もやっぱり有効になる。

 かなり、ひねくれた言い方だけど、この部分の説明のほうがわかりやすいかもしれない。

 金融政策が機能しないのは、中央銀行がいまは何をしようとも、機会さえあればすぐにもとにもどって、価格を現状水準近くに安定させるだろうと国民が期待しているからだ。もし中央銀行が「無責任なることを信用できる形で約束」できるなら、つまり市場に対して、価格の十分な常勝を本当に許すと説得できれば、それは経済をブートストラップして流動性の罠から引き出せる。

 こっちのほうがわかりやすいな。
 クルーグマンは、この本の中で、「そのまままじめに受け取らないでほしい」といって、議論のベースとなる大雑把なインフレ目標を4%で15年間としている。これは日本の算出ギャップから導き出した数字。そして、こんな話が出てくる。

 管理インフレ政策というのは、原理的には単に形を変えた金融拡大でしかない。算出を1%拡大する金融政策は、為替レートのおおよそ5%低下につながるというのが通常の推計だ。だからこの管理インフラ政策のせいで、円の為替レートは20ー25%ぐらい低下するだろうーーこの数字は、必要とされるインフレ規模に比べればたぶん確実性は高いけれど、それでもこれも、まじめな推計というよりは、議論の呼び水と考えてほしい。

 物価目標政策をとり、金融を緩和すれば、当然、円安になっていくというわけで、今の為替相場の動きも不思議ではないということになる。
 インフレ期待形成に向けて、こんな思考ゲームのような話も出てくる。

 仮に、日本がマイナスの実質金利を長期にわたって維持する必要があるけれど、でも純粋なブートストラップ政策ーーつまりインフレ目標の発表が、いずれインフレを引き起こす拡大を生み出すような政策ーーが実現不可能だと考えたとしよう。
 もしそうなら、日本は経済を動かして、金融政策がとっかかりを持てるようなポジションに移行させるような、一時的な政策を適用して、そのとっかかりを利用してインフレを維持するということだ。この場合、一時的な財政刺激がもう一度出てくる。この戦略は、次のような流れになるだろう。ーー大規模な財政拡大が金利ゼロのままで適用されて、そしてその財政拡大は経済がインフレ気味になってもまだ続く。理想的には財政刺激はだんだん縮小していくことになる。ただし、インフレ期待が上がる分を帳消しにしない程度に。大事なことは、完全雇用実現までだけでなくインフレが必要な水準に達するまで、金融政策はこれに対応したものでなくてはいけないということだ。
 これをやるのに適切な財政政策ってなんだろう? 一つの答えとしては、明示的に期間を定めた投資優遇税制がある。

 このあたり安倍政権が今、やろうとしていることと重なってきそうだなあ。
 山形浩生氏の解説から、ひとつ...

 インフレ期待は、「期待」の部分が重要だ。みんなが「そうなるな」と思えば、それは実現する。できません、やれません、と言いつつやっているから、みんな「これは本気じゃないな」と思い、結果としてそうした期待ができず、追加のお金は貯め込まれるだけだ、というのはクルーグマンのモデルが語る通り。

 白川・日銀の状況を言い当てているなあ。2003年の解説だけど。白川・日銀は「デフレ期待」を強めたのかもしれない。一方、バーナンキFRBは「インフレ期待」をつくり、デフレをとりあえず回避している。