ミルトン・フリードマン、アンナ・シュウォーツ『大収縮 1929-1933』

大収縮1929-1933「米国金融史」第7章 (日経BPクラシックス)

大収縮1929-1933「米国金融史」第7章 (日経BPクラシックス)

 大恐慌を研究した古典。シカゴ学派の巨頭、ミルトン・フリードマンとアンナ・シュウォーツの大著『米国金融史』の第7章で、1929年から33年にまでの大恐慌を銀行・金融の視点から描く。大恐慌、そして、その後のデフレを貨幣・金融要因とし、FRBの失態が恐慌を激化させたという視点で描かれる。実際、この本を読むと、カリスマ指導者を失ったFRBが内部抗争などにより、失策に次ぐ失策を繰り返し、恐慌を激化・深化させた状況が数々のデータやFRBでの会議の記録によって説得力をもって解説されている。
 この本の末尾に、現FRB議長、ベン・バーナンキが「2002年11月8日、ミルトン・フリードマンの90歳の誕生日に、イリノイ州シカゴ市、シカゴ大学におけるミルトン・フリードマンの栄誉を讃える会議にて」行われたスピーチも収録されているように、この本が米国の金融政策に与えた影響は大きい。金融危機に際して国債の買い取りなど大規模金融緩和に踏み出したのは、金融緩和を躊躇し、大恐慌を招いた20〜30年代のFRBの政策に対する反省があるように見える。
 一方で、既に景気が交代しているのに、株式市場のバブルをつぶすために公定歩合を引き上げ、実体経済までも破綻させてしまったということに対する反省は、バブルに対しては金融政策では対応せず、破綻後に対応すればいいという思想を生み、これがサブプライム・バブルを放置する失策を生んだともいえる。インターネット・バブルへの対応が、この方針で比較的上手く行ったことが、さらにサブプライムの悲劇を生んだともいえるかもしれない。このあたりは、この本の教訓として修正が必要なところで、バーナンキなどは、金利ではなくて制度でバブルに対応すべきだったというような発言を残している。
 ともあれ、この本の影響は大きいし、読んでいると、ここに登場する大恐慌当時のFRBの状況は、1980年代から現代に至る日本の金融政策にも通じるところがある。米国のFRBのなかにもバブルの再発をかなり恐れる人がいて、あの惨状のなかで、金融緩和に反対どころか、金利引き上げを論じる人までいた。そして金本位制という国債経済体制の制約も大きかった。いま再び金融政策が注目を浴びる中、なかなか刺激的な本だった。そしてインフレターゲットなど、デフレ脱却に積極的な金融政策を主張する人たちの背景には、この本の研究結果が影響を与えていることがわかり、なお興味深い。
 最後に目次で、内容を紹介すると...

 新たな緒言(アンナ・シュウォーツ)
 序論 2007年の観点から見た大恐慌(ピーター・L・バーンスタイン
緒言
第1章 貨幣、所得、貨幣流通速度、利子率の推移
第2章 マネーストックの変動と諸要因
第3章 銀行破綻
第4章 大収縮の国際的特質
第5章 金融政策の推移
第6章 代替策
第7章 なぜきわめて的外れな金融政策がとられたのか
 全米経済研究所理事の所見
 所見(ベン・バーナンキ

 最後の全米経済研究所理事の所見は、金融政策の失態を指摘した、この本を全体として評価しながら、大恐慌が金融政策だけで回避できたのか、疑問点をいくつか提示しており、バランスのとれた本になっている。
 しかし、経済学の探求は結局、大恐慌とは何だったのか、なぜバブルは起きるのか、というところにあるなあ。