鈴木邦男 『愛国と憂国と売国』

愛国と憂国と売国 (集英社新書)

愛国と憂国と売国 (集英社新書)

 新右翼一水会」の鈴木邦男顧問(元代表)のエッセイ。右傾化が進む日本を考える上で、右翼の人たちはどんなことを考えているのかと読んでみたのだが、鈴木は既に右翼サイドからも異端の人とみられている風だった。本人の立ち位置は変わらないのだろうが、世の中や政治状況が変わってしまったのかもしれない。かつては改憲派だった著者はここへきて安易に強権的な憲法を改正するくらいならば、今の憲法のほうがいいと主張するし、押し付けがましい愛国教育にも反対の立場を取る。そして、その姿勢は、三島由紀夫にも通じている。三島は「愛国」という言葉を嫌っていたし、憲法改正論者ではあるが、その内容は今の議論と違う風。その意味で拠って立つ基盤は変わっていない。
 真っ当な話が多いと思うのだが、その主張ゆえに右翼からも異端視されてしまうのだとすると、右翼は右翼で路線対立は大変なんだなあ。本当はもはや「右翼」「左翼」という枠で考えても、意味がないのかもしれない。読んでいると、反原発脱原発では右も左もないし...。議論の軸の立て方で、右も左もなく、別の対抗軸が生まれてくる時代の変革期なのかもしれない。
 中身を目次でみると...

序 章
第1章 右翼人の憲法
第2章 右翼人の作られ方
第3章 右翼人の生活と意見
第4章 私が出会った素晴らしい人々
第5章 右翼人と左翼人
第6章 右翼人にとっての三島由紀夫

 という感じで、僕のように右翼の人って、何を、どう考えているのだろうか、という一般的疑問に答える軽いエッセイタッチの本といっていい。新書だから読みやすい。
 で、印象に残ったところを抜書きすると...
 憲法改正では、自衛隊憲法に明記すればいい、とした上で...

 しかしここで、私には不安がある。一部の改憲論者たちにまかせると、自衛隊は強大な軍隊になり、徴兵制や海外派兵、核武装へとエスカレートする恐れが大いにある。それがこの国の現実だろう。だから、歯止めが必要になる。憲法9条改正に関しては、徴兵制、海外派兵、核武装を行わないという前提で、国民投票による合意を得る。国民の人権、生活権、死刑制度などについても賛否を問う。
 アメリカから押しつけられた憲法を改めることには賛成だ。しかし、個人の自由が制限され、愛国心というものが国家に強制されるような改憲はイヤだ。「自由のない自主憲法」よりは、「自由のある "押しつけ憲法" を選択したい。

 納得...。でも、右翼陣営の人にも、いろいろと意見の違いある様子。みんながみんな、イケイケの強硬派というわけでもないのだな。
 そして、こんな話も...

 社会が清潔になりすぎると、黴菌と闘う人間の力も弱まる。そうすると、ささいな"敵"に過剰反応し、何かの変化で誤爆したり自爆したりする。それがアレルギーだ。いわば現在の保守論壇のようなものだ。
 社会主義共産主義という大きな敵がいなくなった。巨大な敵に備えて闘争心を育ててきたのに、そのマグマの木場所がなくなった。そこで、内部に敵を求めるようになる。
 曰く「女帝論者は反日だ」、「曰く自虐史観反日だ」.......。
 日本を愛し、それゆえに反省するところは反省すべきだ。そんな当たり前のことを言っただけで、「反日だ」「自虐だ」「売国奴だ」と批判される。これだから、無菌状態で育った人間たちはダメだ、と私は思う。純粋培養された人々こそがもっとも偏狭で、度量も狭い。右翼も左翼も純粋はいけない。少しは汚れていなくては。

 この完全なる清潔を志向し、異物を排除、社会を浄化しようとする偏狭な思想は右にも左にもある。この正義に取り憑かれた状態の人が怖い。「黴菌」は人間とみなされないから。まだ「言葉」で終わっていればいいのかもしれないが、「言葉」が暴走すると、暴力を生み出すのは、古今東西、歴史に実例がある。「最終的解決」とか、「浄化」とかいう言葉を使うんだなあ。清潔好きの人は...。
 再び、憲法について...

 それまで発表されていた自民党や保守派の改憲案は、自衛隊をはっきりと、「軍隊」にするという。軍備を増強し、自主防衛を目指す。そのためには「徴兵制」や「核武装」も検討する。また、本当に軍隊にするために、(戦前のように)軍隊内に裁判所、刑務所を置く。いわゆる「軍事裁判」だ。秘密防衛のために「スパイ防止法」を作る。さらには、国民のための自由な言論も制限する。自民党の試案は、そういう方向へ道を開きかねないものだ。相当に人権抑圧的だ。

 このシナリオに沿って、安倍政権は粛々と改憲へ向けて歩を進めている感じがして、そこはかとない「いやな感じ」がするんだなあ。
 一方、三島由紀夫憲法改正案をつくろうとしていて、そこには、こんな項目があったという。

・日本国民は祖国防衛の崇高な権利を有する。
・国民は徴兵を課されない。
国際連合との協力において、海外での治安維持およびその他の活動を任務とする国連警察軍を編成する。

 徴兵には反対だったのだ。

皇位世襲であって、その継承は男系子孫に限ることはない。

 女性天皇にも賛成だったのか。三島由紀夫はそう考えていたのか。いずれにせよ、「押しつけ憲法」「押しつけ憲法」と嫌って、改憲だというけど、そのときには、どのような理念で、日本という国のかたちをどう考えるか、そこに憲法の精神があるのだな。でも、そのあたりを突き詰めて考えず、一種の使い捨て感覚で、今の憲法をポイ捨てして、いま改憲でしょ、というのは怖いなあ。それでいて、疑問を呈すれば、すぐに「反日」とか「売国奴」とか「国賊」とかいわれそうだし...。
 軽いエッセイ集といった趣の本ですが、いまの日本を考える手がかりの一つになりました。