カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』を読む

忘れられた巨人

忘れられた巨人

 カズオ・イシグロの新作。アーサー王が死んだ後の騎士と魔法の時代。ある村に住む老夫婦は遠く離れた土地に暮らす息子を訪ねて、旅に出る。この時代、人々は記憶を保つことができない。それは、雌竜が生み出す霧のためだったというような「ロード・オブ・ザ・リング」的な物語。騎士やら、「薔薇の名前」のような謎の修道院やら、騎士やら、いわく有りげな少年やらが登場する。カズオ・イシグロというのは、ストーリー・てリングの名手だなあ、と改めて思う。一気に読めてしまうのだが、ここで問われるのは記憶であり、歴史の問題。覚えていることは人間にとって良いことなのか、忘れることは人間にとって善か悪か。最近の歴史問題に通じるところがある。歴史を忘れることは平和をもたらすかもしれないが、悪行を忘れることは倫理的に善なのか。忘却は、個人にとっても、国家にとっても平穏をもたらすかもしれない。一方で、全てを忘れ去る世界は無責任な世界でもある。中世の寓話的な世界のロードムービー的な物語だが、現代の歴史問題について考えさせられる。