スコット・パタースン『ウォール街のアルゴリズム戦争』を読む

ウォール街のアルゴリズム戦争

ウォール街のアルゴリズム戦争

 時にマーケットに波乱を巻き起こすコンピューターを利用した超高頻度・超高速取引(High frequency trading)の勃興をめぐる物語。超高速取引がマーケットにもたらす影響に継承を鳴らした本としては、マイケル・ルイスの『フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち』があり、ルイスらしく面白い物語だったが、こちらの本はウオールストリート・ジャーナルの記者が書いた本で、より専門的。それだけに前半を読むのには少々苦労するが、取引システムがどのように生まれ、どのように活用(時に悪用)され、そしてシステムを創造した人々の理想を超えたモンスターとなってしまったかが描かれていて、面白い。
フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち 当初は大手証券が支配する市場ではなく、もっと民主的で公正な価格形成をシステムによって実現しようとしていたのだ。パソコン産業やインターネット産業と同じように、ここでもIT(情報技術)がもたらした革命のドラマがあったのだなあ、と思う。基本は、Power to the Peopleの精神だったのだ。
 面白かったのは、インターネットだけではなく、マーケットの世界でも「ボット」が横行していたこと。金融の世界でも「ボット」というのだ。ボットも活躍しながら、高頻度取引で儲ける仕組みも精緻に描かれており、この点では『フラッシュ・ボーイズ』以上の衝撃がある。ああ、こんなことをやっていたんだなあ、と。買いが入ったら、単純に先回りして買っていたわけでもない。見えない世界で激しい戦争が行われていたのだ。
 そして、この本を読んでいると、何よりも時代を感じる。インターネットでもそうだったが、黎明期には、ある種の理想を持って追求して誕生したシステムが最後には開発者たちの夢や思惑を裏切ったものとなっていく。より良い社会を創るというインターネット創世記にはあった理想がいまはあせてしまったように、金融取引のシステム開発でも、より公正な取引という理想を夢見た人たちがいまは幻滅に沈む。目にもとまらぬ速さで株価操作まがいの発注をして利益をあげる超高速金儲けマシンが横行する市場を生んでしまったようで…。そんな姿も興味深かった。
 改めて、システムが情報技術が、社会、経済、政治にどのような影響をもたらしているのかに関心を持つようになった。21世紀も15年あまりが過ぎ、21世紀の時代の姿が次第に明確になってきているが、ITの世界に限らず、20世紀に描かれた夢は遠いものになっていく感じもする。夢となるか、悪夢となるかの瀬戸際にいるのだろうか。
 マーケットの面から言うと、トレーディングの形が変わって来ていることがわかる。今日は黒田バズーカ第3弾のマイナス金利導入で、市場は半日で900円近い幅で乱高下を繰り返したが、マーケットは高速化し、さらに振幅も激しくなるのだなあ。今日1日で莫大な利益を上げた人たちがいるのだろう。反対に大損をした人も。マーケットの常識が変わって来ている。これまでは暴落が起きても、市場を適正に管理していくためにはマーケットを閉めてはいけないと思っていたが、この本を読むと、パソコンが暴走した時にプラグを抜いてしまうように、いったんマーケットを閉めて、取引を停止することも一つの選択肢だな、と思うようになってしまった。
 ともあれ、ITの進化と、その結果、生まれた新しい世界に対応するためには、発想を変える必要があるのだなあ。ITが社会をどのように変えたのか、そして、変えていこうとしているのか、改めて勉強してみたくなった。久しぶりに刺激的な本でした。
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