内田魯庵「最後の大杉」を読む

 久しぶりに青空文庫を眺めていて、何となく目がついて読んだ本(青空文庫の本はKindle化されているので、Kindleにもあった)。「大杉」は、関東大震災の混乱の中で、憲兵隊によって虐殺されたアナーキスト大杉栄。大杉と内田魯庵に親交があったとは知らなかった。フランスから帰国して内田魯庵の近所に引っ越してきてからの大杉の最期の日々を追憶している。大杉の子供の魔子は内田の家によく遊びに来ており、関東大震災はともに被災、大杉が殺され、灰となって戻ってくるまでの日々が描かれている。淡々と日常が描かれることで余計に痛切な思いが伝わる。無政府主義者として警戒されながら、日々の生活では乳母車を押して近所をよく歩いていたという大杉の姿は今で言えばイクメンの良き父だったのかもしれない。震災後、流言飛語が飛び交い、社会が騒然とする中で、友人たちが危険だから、身を隠したほうがいいのではないか、と警告していたことも書かれている。皮肉なことに激しく政府を批判しながら、日本の権力の良識を最も信じていたのが大杉だったのかもしれない。内田魯庵の大杉に対する友情が美しく哀しい追想の記録。