永野健二『バブル』を読む。そしてトランプの時代を考える

バブル:日本迷走の原点

バブル:日本迷走の原点

ベスト&ブライテスト〈上〉栄光と興奮に憑かれて (Nigensha Simultaneous World Issues) 史記列伝1 (岩波文庫 青214-1) オンリー・イエスタデイ―1920年代・アメリカ (ちくま文庫) 副題に「日本迷走の原点」。昨年、読んだなかで抜群に面白かった本のひとつ。バブルの時代を多少は知っている世代からすると、この時代を真正面から論じたリアルな本にはなかなか出会えなかった。しかし、ここについに決定版というべき同時代史が登場した。この本は、「暗黒の木曜日」に至る米国の1920年代を描いた『オンリー・イエスタデイ』の日本版であり、首相、日銀総裁から官僚、財界人、そしてバブル紳士に至るまで登場する「バブル列伝」であり、選りすぐりのエリートたちが泥沼にはまっていく『ベスト&ブライテスト』ともいえる。ジャーナリストの本らしく現場感があり、刺激的であると同時に、考えさせられる。そして、トランプ政権が誕生した今、ますます気になってくる本でもある。トランプ大統領レーガン大統領と重ね合わせて考える向きもあるが、だとすれば、あの時代に何があったのか。レーガンは日本にとってはバブルの父という存在だったともいえる。
 まずは目次で、内容をみると…

第1部 胎動
 1 三光汽船のジャパンライン買収事件
 2 乱舞する仕手株兜町の終焉
 3 押し付けれれたレーガノミクス
 4 大蔵省がつぶした「野村モルガン信託構想」
 5 頓挫した「たった一人」の金融改革
 6 M&Aの歴史をつくった男
第2章 膨張
 1 プラザ合意が促した超金融緩和政策
 2 資産バブルを加速した「含み益」のカラクリ
 3 「三菱重工CB事件」と山一証券の死
 4 国民の火をつけたNTT株上場フィーバー
 5 特金・ファントラを拡大した大蔵省の失政
 6 企業の行動原理を変えた「財テク
第3章 狂乱
 1 国民の怒りの標的となったリクルート事件
 2 1兆円帝国を築いた慶応ボーイの空虚な信用創造
 3 「買い占め屋」が暴いたエリートのいかがわしさ
 4 トヨタVS.ピケンズが示した時代の転機
 5 住友銀行の大罪はイトマン事件か小谷問題か
 6 「株を凍らせた男」が予見した戦後日本の総決算
第4章 清算
 1 謎の相場師に入れ込んだ興銀の末路
 2 損失補填問題が示した大蔵省のダブルスタンダード
 3 幻の公的資金投入

 あの時代を知っている人にとっては、記憶に残る、あの会社、あの人、あの事件が次々と登場する。そしてバブル崩壊から四半世紀たって、歴史の中に位置づけ直してみると、今になって、本当の意味がわかることもある。時代に挑戦した人、流された人、いろいろな人がいたなあ。この本に出てくるような有名人ではないが、あの時代に自分自身が身近で見てきた人のことも思い出してしまった。
 バブルに火を付けたきっかけはプラザ合意に端を発する超金融緩和で、米国に気兼ねして(というか、米国経済の破綻を回避するために)、いつまでも超金融緩和策をやめることができなかったことが、バブルの狂乱を招いたということは、あの当時から思っていたのだが(当時、いろいろと経済のことを教えてもらっていた先輩の受け売りだが)、この本を読んでみて、それを確認した気持ちがした。米国の圧力によって国内の金融政策が縛られる、という構図は、どことなく今後の日本の姿を暗示するような怖さがある。
 で、気になったところをいくつか抜書きすると…

プラザ合意とは何だったのか。論点は、3つのポイントで整理することができる。一番目は、80年代以降もレーガノミクスで突き進んで来た米国の「強いアメリカ」路線が貿易赤字財政赤字の拡大によって持続不可能になり、前提条件だった「強いドル」を放棄したことである。二番目は、世界経済の指導力が、米国からG7(先進7カ国首脳会議)と呼ばれる先進国に移ったことである。特に、各国の負担の調整の手段として、為替政策が前面に出てきた。三番目は、為替政策による調整を最優先したことで、それ以外の対応はそれぞれの国にゆだねられ、結果としてさまざまな矛盾に満ちた政策がぶつかり合うようになったことである。日本のバブルを生み出した過度な金融緩和策もその一つである。

 トランプ大統領は、日独の自動車産業を問題にしたり、今も1980年代に生きている人のような感じがするが、為替についてもレーガン政権的発想で動いているようなところがある。日本にしても、ドイツにしても、当時のような突出した競争力がある国とは思えないのだが、レーガン時代をモデルに対外的な経済政策を展開しようとしているのではないかと考えたくなってしまう。トランプ政権が米国のインフラ整備を打ち出していることで、財政の悪化、金利の上昇、そしてドル高・円安に振れたが、まだトランポノミクス(トランプミクス)が始まりもしないうちから、プラザ合意時代のように「強いドル」はダメだと早くも日本に対して為替問題を持ち出している。
 日本は為替を円安に誘導しているという批判に、日本側はデフレ脱却のために現在の超金融緩和政策を実施しているのであり、円安に操作しているのではなく、結果に過ぎないと主張しているが、「アメリカ・ファースト」のトランプにすれば、そんなことは百も承知で、でもプラザ合意をはじめ1980年代は、国内よりも米国経済を重視した金融政策をとっていただろう、という話なのかもしれない。何だか、しんどい話になりそうだなあ。ブラックマンデーの後、日本は米国経済を救うために超金融緩和政策を取り続けた。その結果、バブルは加速し、後遺症に今も苦しんでいるわけだし...。
 で、バブル崩壊以来、ひとつ不思議に思っていることがあった。プラザ合意で日本と同じように西ドイツ(当時は東西統一前でした)もドル安状況をつくるために金融緩和政策をとったはずなのに、なぜ西ドイツはバブルにならなかったのか。その理由が、次の一節を読んで、わかった。

ブラックマンデーの)株価暴落後の日本と西独の金融政策の違いは明らかだった。87年12月末の時点で、日本も西独も公定歩合は2.5%で一緒だったのが、それ以降、インフレを恐れるドイツ連銀は、88年7月と8月に公定歩合を0.5%引き上げ、更に89年1月と4月にも0.5%引き上げ、公定歩合は4.5%になる。
 この間、三重野康日本銀行副総裁の再三にわたる「日本経済は乾いた薪の上に座っている」という発言にもかかわらず、公定歩合は2年にわたって棚ざらしにされ、ようやく2.5%から3.25%に引き上げたのは89年5月だった。この日米連携というよりは米国の強制による超低金利政策、西独とは明らかに違う金融政策が、日本のバブルの「薪」に火を付けたことは間違いない。

 そうか。ドイツは金利を上げていたのだ。金融を引き締め、バブルを防止したのか。第一次大戦後に超ハイパーインフレとなり、その社会的混乱がナチスを台頭させ、結局は国家崩壊・東西分割に至ったドイツは、インフレに対して極めて神経質といわれているが、そうした民族として絶対に譲れない価値基準を超えてまで米国に協力しようとはしなかったのだな。ドイツ人はまずドイツを考えたのだ。日本は日銀がどうのこうの、というよりも、政府が自国よりも米国経済の支援を優先した。
 振り返ってみると、バブルの時代は、ジャパン・アズ・ナンバーワンとかいわれて、日本は何となく自分こそが本当の「I’m a king of th world」みたいに思っているところがあった。米国を助けているのは自分だぞ、と。何だか、いまの気分も似たところがあるんだなあ。こんな、ちょっと本当かよ、と思う記事も出ているし…。
「安倍晋三首相に従って」娘がトランプ大統領に忠告した、と首相官邸幹部が明かす
 まあ、ちょっと作れらた話みたいな感じがするけど、実際にあったとしても、リップサービス見え見えだなあ…。プラザ合意では米国に協力し、バブルを起こしてまで米国に尽くした日本。で、米国はどう見ていたのか。こんな話も『バブル』では紹介されている。

 日本経済新聞の論説主幹だった岡部直明は『ドルへの挑戦』で、プラザ合意について「戦後一貫して米欧主導で運営されてきた国際通貨の世界で初めて日本が主役の座に就く舞台にもなった。竹下蔵相は首相になった後も、このプラザ合意を自身の大きな功績と考えていた。蔵相当時『円高大臣』と自称し、『通貨マフィア』と呼ばれるのを好んだ」と総括している。ベーカー財務長官が、ドル高是正を「ベーカー・プラグマティズム」と評価されながら、「自伝の中でプラザ合意に触れていない」のとは対照的である。

 うーん。米国に日本はいつも哀しい片思い…。切ないなあ。そして、今の政権にある「トランプ大統領と一番仲がいいのは日本だぜ」とでも言うような高揚感...。そこはかとなくバブルの時代と似ていて切ない…。
 トランプをレーガンにだぶらせて考えるのは米国人にとっては「気持ちのいい話」かもしれないが、日本にとっては、いいことも何ともない。レーガン政権は米国を復活させたかもしれないが、日本は、バブルに踊り、その後は20年を超える「失われた時代」があっただけだ。ルーズベルトトルーマンに敗戦し、レーガンに「第二の敗戦」を喫した。もっとも、ドイツは違う道を歩んだわけだから、レーガンがどうのこうのと、他人の責任にはできない。日本自身の問題として考えないとなあ。過ちは繰り返しませんと。米国におだてられても、脅かされても、自分自身の頭で冷静に考えて、より良き道、より悪くない道を選ばないといけないなあ。
 いずれにせよ、トランプの時代、日本も綱渡りを強いられることは覚悟した方がいいのかもしれない。NOといえば、キレそうな相手だし、「Yes, but」で騙し騙し...。すでに強引にバブルをつくろうとする大金融緩和政策を続けてきた日本にしてみれば、為替(ドル安)を大前提に米国から金融政策を迫られるということは、1980年代とは違うことになるのだろうし…。為替是正へ日米金利差を縮小しろって、超金融緩和をやめろって言うこと?とか...。金融政策を欠いたアベノミクスって何が残るのだろう。
バブルと生きた男 ある日銀マンの記録 住友銀行秘史  最近は『住友銀行秘史』とか、バブルの時代をリアルに生きた人たちが語り始めて、刺激的で面白い本が多いが、この本はそのなかでも時代を鳥の目、虫の目、双方から見ていて出色。そして読み終わって思うのは、今の日本のこと。どうやって米国と付き合っていくのか、様々な国内外の制約のなかで、どんな日本にしていくのかーーそんなことを考えるきっかけを与えてくれる。