佐藤優『大国の掟』を読む

 副題に『「歴史×地理」で解きほぐす』。昨年のBrexit、トランプ政権の誕生、そして北朝鮮情勢、シリア情勢の緊迫と、このところ世界がワサワサしてきているなかで、テレビや新聞のニュースだけではなかなか理解できない事件の本質を歴史と地理を通じて解きほぐしてくれる本。読んでいると、地政学復権だなあ、と思う。というよりも、昔も今も世界各国の政治には地政学が動かしている部分があるということだろうか。最近は地政学に関する本もいろいろと出ているが、この本、新書でコンパクトで簡潔なところがいい。各章のあとにブックガイドがついているので、より深く勉強することもできる。
 内容を目次で見ると...

序 章 国際情勢への二つのアプローチ
第1章 英米を動かす掟
   1 孤立主義へ回帰するアメリカ
   2 EU離脱の真相
   3 「海洋国家」という地理的条件
第2章 ドイツを動かす掟
   1 東方拡大への野望
   2 ドイツEU帝国の課題
第3章 ロシアを動かす掟
   1 ユーラシア主義とソ連中央アジア政策
   2 緩衝地帯への執着
第4章 中東を動かす掟
   1 「アラブの春」からシリア内戦へ
   2 ISはいかに生まれ、拡大したのか
   3 サイクス・ピコ協定以前への回帰
第5章 中国を動かす掟
   1 中国は海洋国家になれるのか
   2 「第二イスラム国」というリスク
終 章 「歴史×地理」で考える日本の課題

 いま押さえておきたい国をきっちりとカバーしている。本の中で、気になったところをいくつか抜き書きすると、まずドイツについて...

20世紀に入り、ドイツをどうやって取り込むかという問題に直面した世界は、二度の世界大戦を経て、どうにか軟着陸に至った。これが20世紀を論じる際の最大のテーマであり、20世紀はドイツに翻弄された時代だったということです。

 なるほど。20世紀は、そういう時代だったかもしれない。
 英国人のマッキンダーが『デモクラシーの理想と現実』で唱えたという地政学的視点

東欧を支配する者はハートランドを制し、
ハートランドを支配する者は世界島を制し、
世界島を支配する者は世界を制する

 ハートランドは東欧・ロシアなどユーラシア内陸部、世界島はユーラシア大陸全体。ナポレオンも、ヒトラーも、スターリンハートランドを押さえようとしたという見方が出来るのだな。世界支配のために。
 歴史では、こんな話が興味深い。

 古代ギリシャの滅亡以降、ギリシャの地は、マケドニアローマ帝国ビザンツ帝国オスマン・トルコの順番で支配され続けていました。つまり「ギリシャ」という国は、ずっと存在していなかったのです。
 ギリシャという国家は、1821年のギリシャ独立戦争が発端となって誕生します。オスマン・トルコの支配下にあったギリシャが独立を求めて放棄したのですが、独立戦争の陰の主役は、イギリスとロシアです。ギリシャは19世紀に恣意的につくられた国家だと言ってもいいでしょう。

 そうだったんだ。知らなかった。ギリシャというと、すぐに西洋文明発祥の地と思ってしまうのだが、国家としての歴史はそれほど古くないのだ。政治的に不安定なのもわかるし、英国と同時にロシアの影響を強く受けている理由もわかる。歴史の知識は大切だなあ。
 EUについて

 EUとは、「二度と戦争だけはしたくない」という独仏同盟を中心とする西ヨーロッパの帝国と考えなければなりません。

 そして、ドイツとの関係では

 現在のドイツは、東方進出を終えた段階に入っており、逆にEU統合を維持するためのコストを支払わなければならなくなっています。だからこそドイツ国内でも、反EU勢力の発言力が強まっているわけです。

 さらに

 イギリスがEUを離脱しても、また仮にギリシャが離脱しても、ドイツがコミットするかぎりはEUが解体することはありません。

 なるほど。最近、EUはドイツ帝国といわれているなあ。そして、ロシア。

 ロシアは現在、ユーラシア主義にもとづいて国家戦略を展開しています。ユーラシア主義とは、ヨーロッパとアジアの間に存在するロシアはユーラシア国家で、独自の掟と発展法則をもっているという地政学的な思考です。

 佐藤氏はロシアはソ連時代からマルクス主義ではなく、ユーラシア主義だったという。プーチンについて

プーチンの文法と、旧ソ連、とりわけスターリン政権下の文法との間には、明確な共通点があるのです。それが「ユーラシア主義」と「緩衝地帯」という二つの概念です。

 で、後者についていうと、ロシアは仮想敵国との間に緩衝地帯となる国を起きたがる。「線」ではなく「面」で国境を考えるという。そこで

 グルジアウクライナ、クリミアに対するプーチンの強硬な姿勢は、いずれも「緩衝地帯」を失った危機感に起因しています。それを盗んだのは欧米側なのだから、ロシアがウクライナに口を出すのは当然の権利だという感覚がプーチンには強くあります。

 自衛のために侵略しちゃうタイプなんだなあ。意識としては防衛なんだけど、そのために隣国の主権は制限されて当然という発想。そして「緩衝地帯」をつくりたがる民族性からいうと、北方領土を返す気が本当にあるのかどうか。
 抜き書きしていると、きりがない。中東のところでは宗教が絡んでくるし、中国は海洋国家か大陸国家という論点も面白い。いまは海洋進出に熱を上げているが、それも国内(大陸)が安定していての話で、中央アジアの山岳地帯のイスラム地域に「第二のイスラム国」的なものができると、事態は変わる。

フェルガナ盆地の「第二イスラム国」が新規ウイグル自治区まで拡大したとき、中国は海洋進出どころではなくなります。

 地理、歴史に加え宗教。いわば民族学文化人類学が国際情勢を読む上で重要なのだと改めて知った次第。そして、歴史と地理の話は現代を知る上で参考になる。地政学の本をさらに読んでみたくなる。