森健『小倉昌男 祈りと経営』を読む

 小倉昌男と言えば、ヤマト運輸の伝説的経営者であり、「宅急便」の生みの親。この本のサブタイトルも<ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの>。日本では数少ないイノベーション型経営者であり、現状の延長線上で考える社内の保守派と闘い、既存体制の秩序を重視し起業を阻む行政とも闘ってきた。この本で描かれているのは、そうした経営者としての闘いではない。
 経営の最前線から退いた後、小倉は障害者の自立支援のための福祉財団の事業に没頭する。そして障害者支援に経営を持ち込み、障害者の収入が増えるビジネスを立ち上げ、実績も上げる。なぜ、小倉は40億円を超える私財を投じてまで障害者支援の福祉事業に力を入れたのか。その疑問からスタートして、小倉の足跡をたどっていくと、小倉が抱えていた家庭の問題にたどりつく。
 目次で内容を見ると

序 章 名経営者の<謎>
第1章 私財すべてを投じて
第2章 経営と信仰
第3章 事業の成功、家庭の敗北
第4章 妻の死
第5章 孤独の日々
第6章 土曜日の女性
第7章 子どもは語る
第8章 最期の日々
長いあとがき

 小倉のような経営者でも外からはうかがい知れない問題を抱えていたのだな。知り合いのなかにもビジネスでは成功者で何の問題もないように見えながら、ふとした折りに家庭に悩みを抱えてることを知ることがある。そんなひとりだったのか。
 この本、ノンフィクションだが、筆者が取材を通じて謎の解明に迫っていく推理小説のような面白さがある。小倉氏周辺の人びとだけでなく、第6章に登場する晩年の世話をしていた女性や謎の中心人物ともいえる家族にも会って話を聞いている。筆者はそれだけの信頼を得るだけの取材をしていたのだな。取材を受ける当事者たちも、興味本位のスキャンダル取材とは違っていることがわかったのだろう。
 人の生き方を考えさせられ、胸に迫るものがあるノンフィクション。出版されたときから評判になっていた本なのだが、あまりにも評判になると、つい敬遠してしまった。遅ればせながら読んでみると、やはり評判になるだけのことはある。一気に読んでしまった。そして、小倉昌男が生きていたら、いまのヤマトをどう思うのだろうか、ということも考えてしまった。