大日本帝国憲法は57年で潰え、日本国憲法は70年に。この機会に世界の憲法をちょっとみると

 憲法記念日。昭和22年(1947年)から70年。ある人たちからは賛美され、ある人たちからは嫌悪される。戦前を懐かしむ人に嫌悪している人が多いようだが、大日本帝国憲法明治23年(1890年)の施行で、そこでかたちづくられた国は昭和20年(1945年)に事実上破綻。いわば55年で意義を問われ、57年目に今の憲法に代わられ、潰えたのだなあ。歴史と伝統という意味では、もはや日本国憲法のほうが長い。
 どんなものでも、年を経れば、時代とのズレが出て来る。憲法にしても調整が必要になってくるのだろうが、昔から受け継いできたものを壊してみたくなるのもまた人間の性(さが)ともいえる。社長が代わると、何か新しい路線やら事業を打ち出したくなるのと同じような感情も最近の改憲論議の底流にはあるのかも。日本国憲法も20世紀は「賛美>嫌悪」だったが、21世紀に入ってからは「賛美<嫌悪」の政治勢力の声のほうが大きくなっている印象がある。戦争を知らない世代にとっては平和は当たり前で、ありがたみも薄いから、「平和憲法」ということばに対して受ける印象も世代によって違うかもしれない。
 憲法改正に関する世論調査というのもあまり信用できなくて、どう変えるのかもはっきりしないのに、改憲か、護憲かと聞かれても、そりゃあ、問題があれば、改憲じゃないですか、と答えしてしまうのは無理がない。質問のしかた次第で答えは操作できる。
 そんな世の中で、そもそも憲法って、どんな構成(章立て)なのか、憲法記念日ということで、ざっくり調べてみた。
 まず、日本国憲法

第1章 天皇
第2章 戦争の放棄
第3章 国民の権利及び義務
第4章 国会
第5章 内閣
第6章 司法
第7章 財政
第8章 地方自治
第9章 改正
第10章 最高法規
第11章 補則

 一方、大日本帝国憲法

第1章 天皇
第2章 臣民権利義務
第3章 帝国議会
第4章 国務大臣及枢密顧問
第5章 司法
第6章 会計
第7章 補則

 まあ「国民」じゃなくて「臣民」だし、天皇絶対制の国家では、国民の権利と義務も違うわけだけど、憲法自体の構成はすっきりしていたなあ。そして両者比較すると、日本国憲法は何と言っても、第2章に「戦争の放棄」を掲げているところが異色。まさに平和憲法と言われるゆえん。でも、自衛隊が「違憲」か「合憲」かで争われるというのは、やはり修正する必要はあるのだろう。
 じゃあ、どんな憲法にしたいのか。自民党憲法改正草案の章立て*1をみると...

第1章 天皇
第2章 安全保障
第3章 国民の権利及び義務
第4章 国会
第5章 内閣
第6章 司法
第7章 財政
第8章 地方自治
第9章 緊急事態
第10章 改正
第11章 最高法規

 ん? 章立て見ると、2章にいきなり「安全保障」で、9章に「緊急事態」。2章は「戦争の放棄」を「安全保障」に置き換えたということなんだろうが、第一印象は、まるで軍事国家の憲法のように見える。
 同じく敗戦国で、すでに国際安全保障のために海外に派兵もしているドイツの場合は、どんな憲法になっているのだろう。
 ドイツ連邦共和国基本法ボン基本法)の場合*2の章立てはこんな具合...

1.基本権
2.連邦法及びラント
3.連邦議会
4.連邦参議院
4a 合同委員会
5 連邦大統領
6 連邦政府
7 連邦a立法
8 連邦法律の施行及び連邦行政
8a 共同事務、行政協働
9 裁判
10 財政制度
10a 防衛出動事態
11 経過規定及び終末規定

 10aの「防衛出動事態」は一見、自民党草案の「緊急事態」に似ているようだが、むしろ、どのような制度によって出動する事態を確定するか、という話。政府が連邦議会に申し立てる、連邦議会が議決不能のときは合同委員会があたるというような規定。憲法は、国家と国民の権利と義務に関する社会契約ともいえるから、そういう内容になっているんだろう。
 そういう思想が根本にあるから、憲法も最初に「基本権」、つまり「国民の権利と義務」が来る。日本は象徴天皇制の国だから、天皇が最初に来ることはいいとして、新しい憲法というのならば、前文に「戦争の放棄」、つまり不戦宣言を入れて、第2章は「国民の権利及び義務」でもいいんだろう。自民党も心にもなく日本国憲法に気配りしたのだか、何だかわからないが、第2章に「安全保障」という項目を立てたりするから、軍事国家みたいな印象になってしまう。まあ、実際は本音で、国民の基本的人権よりも国家を優先させる思想を打ち出したかったのかもしれない。そう考えると、いまの改正草案の章立てということになるのだろう。
 で、王制の国がどんな憲法か(王制と言っても、民主的な立憲君主国家の場合)。たとえば、オランダをみてみる。
 オランダ王国基本法*3はこんな構成。

第1章 基本権
第2章 政府
 第1節 国王
 第2節 国王及び大臣
第3章 議会
 第1節 組織及び構成
 第2節 議事手続
第4章 国務院、会計検査院、全国オンブズマン及び常設の助言機関
第5章 立法及び行政
 第1節 法律及びその他の規制
 第2節 その他の規定
第6章 裁判
第7章 州、基礎自治体、治水委員会及びその他の公的団体
第8章 基本法の改正
補則

 立憲君主制国家でも、国民ファーストで、まず「基本権」から始まるのだ。やはり国民と国家の契約といえるのかも。国は国民がなければ、成り立たないし、国民も国を必要としている。
 おまけで、やはり欧州の立憲君主制国家、スウェーデン憲法「議決された統治法の公布(1974年法令第152号)」*4の章立ては

第1章 国家体制の原則
第2章 基本的自由及び権利
第3章 議会
第4章 議会の活動
第5章 国家元首
第6章 政府
第7章 政府の活動
第8章 法律及び他の法令
第9章 財政権
第10章 国際関係
第11章 司法
第12章 行政
第13章 統制権
第14章 コミューン
第15章 戦争及び戦争の危険

 こちらはタイトルだけ見ていると、保守派の人が喜びそうな言葉が並ぶが、第1章の「国家体制の原則」がどう始まるかというと

第1条 
 スウェーデンにおけるすべての公権力は、国民に由来する。
 スウェーデンの民主主義は、自由な意見形成並びに普通選挙権及び平等な選挙権を原則とする。スウエーデンの民主主義は、代議制及び議会制の国家体制並びに地方自治を通じて実現される。
 公権力は法律に基づき行使される。

 それが国家体制の原則ということ。もっと勇ましい文句とか、「うちの国は王制だぞ」みたいな言葉を期待していると違う。やはり、国家と国民の権利・義務関係のかたちの説明といえそう。国家元首は議会の次、第5章で登場する。
 第9章の「統制権」などという言葉にも興奮する人がいそうだが、この冒頭は「憲法委員会の審査」で、第9章の第1条は

憲法委員会は、大臣の職務遂行及び政府の事務の処理を審査しなければならない。当該委員会は、当該審査のために、政府の事務に関する決定についての議事録、当該事務に属する文書及び当該委員会がその審査のために必要であると判断した他の政府の文書を徴することができる。(略)

 戦前の軍部の統帥権のような「統制」ではなくて、ガバナンスのチェック、「監査」といったほうがいい、この第3条は「大臣に対する訴追」で、第4条は「不信任の表明」。内部監査だな、やっぱり。
 第15章の「戦争」についても

第1条
 国が戦争状態又は戦争の危険に陥った場合には、政府又は議長は、集会するために議会を招集しなければならない。招集を行った者は、議会がストックホルム以外の場所で集会すべきことを決定することができる。

 まず、あるのは「議会の招集」の規定。そして、つづく戦争委員会の規定

 国が戦争状態又は戦争の危険にある場合で、状況により必要があるときは、議会内部から選出された戦争委員会が議会を代行しなければならない。国が戦争状態にある場合には、戦争委員会が議会を代行するという決定は、議会法の細則に基づき、外交評議会の委員により行われる。

 あくまでベースは議会であり、リアルで実務的な規定。
 章立てを見ているだけでも、世界各国の憲法に対する考え方が出てくる。そうみると、拙速ではなく、世界レベル、21世紀レベルの憲法を考えて欲しいなあ。もっと広く、遠くを見て。そうしないと、70年を超える日本国憲法はもちろん、大日本帝国憲法の半世紀にも及ばない耐用年数の短い憲法になってしまうのではないか。
 少なくとも、今の自民党憲法改正草案は...。憲法としての風格がないんだなあ。章立てを見ていると。

新版 世界憲法集 (岩波文庫)

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新解説世界憲法集 第4版

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