「ミセン」ーー韓国・現代ドラマの最高傑作かも

ミセン -未生- DVD-BOX1

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  これは抜群に面白かったし、良かった。

 幼い頃から棋士を目指していたチャン・グレだったが、父の他界を機にその道をあきらめ、大学にも行けず、26歳になってもバイトにあけくれていた。しかし棋士時代の伝手で大手総合商社のインターンに。

  という筋書きを見たときは、それほど食指が動かなかった。囲碁の知識を生かして、トントン拍子に出世する太閤記的な話かな。何の気なく見始めたら、その世界に圧倒された。韓国で歴代視聴率2位。さまざまな賞を総なめしたというのもわかる。笑って、泣いて、考えさせて、物語は予想を超えて展開する。

 サラリーマンの喜びと哀しみ。これは韓国でも日本でも変わらないところがあるのだなあ。そして、就職難、学歴社会、正社員と契約社員の格差、パワハラ、セクハラといった会社の現実。商社の営業にしても、かつての日本のトレンディドラマの華やかさというよりも、飲む、打つ、買う的な旧態依然とした社会での抱かせる営業、バックリベート、中国取引の潤滑油ともいえる裏金など、これまた営業現場のリアルな問題が提起される。

 厳しい現実が描かれると同時に、そこで悩み、働くひとへの共感がある。「韓国ですべての世代の共感を呼び、社会現象を生んだ感動のヒューマンドラマ」という宣伝文句に偽りはない。最後まで一気に見てしまった。

  シナリオが抜群にうまく、登場人物ひとりひとりのキャラクターがきめ細かく描かれる。主人公と同期の新人たちだけでなく、それぞれの上司にも、ひとりひとりの物語がある。加えて、せこい奴、ずるい奴は出てきても、本当の生まれながらの悪人はいない。悪の道に堕ちるのにも、その人の歴史がある。敵役の専務にしても最後まで、清濁併せ飲む会社命の仕事人間なのか、私腹も肥やすような権力亡者なのかはわからない。安易に善玉・悪玉では描かないところが深みを増す。

 加えて、主人公チャン・グレ役のイム・シワン、上司のオ課長(のちに次長)を演じたイ・ソンミン、先輩のキム代理のキム・デミョンがいい。特に、イ・ソンミンの情熱と哀感がこのドラマをしっかりと支えている。専務役のイ・ギョンヨンは「秘密の森」では、財閥の会長役だったが、貫禄あるなあ。日本の本物の大企業社長よりも押し出しがいい。

 このほかの出演陣も、脇役に至るまで、みんないい味を出している。群像劇であり、若者たちの成長物語。主人公だけでなく、同期の3人の若者たちにも、それぞれ物語があり、人間的に成長していく。主人公は契約社員で、ほかの3人は正社員だけど。

 しかし、本(シナリオ)が良くて、演出が良くて(映像がいい)、さらに役者がそろっていれば、面白くないはずはない。そんなに韓国の現代ドラマをいっぱい見ているわけではないが、最高傑作といってもいいんじゃないだろうか。

 ちなみに、原作は韓国の漫画らしい。

未生 ミセン(1) (KCデラックス)

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  シナリオはしっかりしているし、これは日本でリメイクされそうだな、と思ったら、既にリメイクされていた。

HOPE~期待ゼロの新入社員~ DVD BOX
 

  フジテレビかあ。「ミセン(未生)」というのは、韓国の囲碁の言葉で、「死んでも生きてもいない石」のこと。まだ、社会に出たばかりの若者になぞらえた含蓄のあるタイトルなのだが、これを「HOPEーー期待ゼロの新入社員」という、ベタベタのわけのわからないタイトルにしてしまうところがフジだなあ。

 最後に、個人的に印象に残ったところを一つ。主人公のオ課長は昔の事件が心の傷になっている。その原因をつくったのは専務なのだが、あるとき、専務と話していて、専務がこの事件を全く忘れている。記憶から消去してしまっていることを知って愕然とするという場面がある。これと同じ経験が自分にもある。

 ある案件が頓挫して、問題の処理にあたったのだが、その案件を決めた役員のところに行って話していたら、自分が決断したことを忘れている。最初はとぼけているのかと思った。知らないふりをしているのかと。しかし、目を見ると、一点の曇りもない。そのとき、本当に忘れている、都合の悪いことは記憶からデリートしているのだと愕然とした。そして、「ああ、こういう人が出世するんだなあ」と...。

 その同じ風景を「ミセン」のなかで見た。原作なのか、シナリオなのか、わからないが、このエピソードを書いた人、会社の中をよく見ているなあ。そして、会社で生き残る人って、日本でも、韓国でも変わらないのかなあ。

 ストーリーは甘いだけではなく、ときに過酷。特に終盤は想定外の展開を見せる。クールに現代ビジネス社会の現実を直視する一方、暖かい目で人間を描くビタースィートなビジネスピープル物語「ミセン」、やっぱりすごいドラマです。