南北首脳会談で思い出したこと。在韓米軍、沖縄の在日米軍はどうなるのかな、と。

 先週の韓国・北朝鮮の南北首脳会談。朝鮮戦争の年内終結宣言へ向けて合意した。

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と北朝鮮金正恩キム・ジョンウン)国務委員長は27日、軍事境界線がある板門店の韓国側施設「平和の家」で会談し、年内に朝鮮戦争終戦宣言を行い、休戦協定を平和協定に転換するため南北米、または南北米中の首脳会談を推進することで合意した。また、朝鮮半島の非核化という共同目標を改めて確認した。

 朝鮮戦争の主要参戦国である米国、中国が最終意思決定者ともいえるが、ここまでの報道をみると、北朝鮮が非核化路線で動くならば、合意に至りそうな気配。トランプもノーベル平和賞を狙っているみたいだし、板門店での南北融和ショーに魅了された様子でもあるし。
 で、朝鮮戦争終戦宣言で、思い出した本がある。元陸上幕僚長の富澤暉氏が書いた『逆説の軍事論』。

逆説の軍事論

逆説の軍事論

 この本の中で、こんなエピソードが紹介されていた。
 1996年の夏、退役した陸海空自衛隊の元将官3人(富澤氏もそのひとり)と米国の海軍系研究所の文官2人、海兵隊少佐というメンバーで非公式の「日米小会合」が持たれたのだという。当時、沖縄の海兵隊基地をオーストラリアに移すという議論があり、「朝鮮半島統一後に沖縄の海兵隊基地をオーストラリアに移すことについて、自衛隊の元将官たちの個人的な意見を聞きたい」ということがテーマで、実際、会合では、その質問が米国側から出てきたという。
 これに対する富澤氏の答えは...

朝鮮半島の統一がいつ、どういうかたちで成就するのか、今の私にはまったく予想ができない。予想できない状況の下での行動について意見を言え、といわれても困る。朝鮮統一は朝鮮民族にとって良いことには違いないが、それが本当に極東アジアの平和と同義であるかどうかは現段階ではわからない。統一を前提として話すならば、その細部を示して欲しい。一般的にいえば、その統一はおそらく韓国側が主導するのだろうが、統一後は韓国は北の大国であるロシアおよび中国と初めて緩衝地帯なしに直接向き合うことになる。そして、われわれ日本人としてはまったくそのような意識はないのであるが、韓国の人々からみると日本もまた恐ろしい大国である。そうした状況となった韓国は、前門の虎、後門の狼という心境に陥るのかもしれない。そのとき、沖縄に米国のアメリカ軍が存在しないということが、それらの関係にどういう影響を及ぼすのかということについては、その時点でのもう少し細かい政治情勢が示されないと分析ができない。そうした予測は可能なのか」

 20年余り前の発言だが、現在にも通じる深い洞察だなあ。韓国人の学者が書いた朝鮮半島の歴史を読むと、朝鮮民族の受難は、モンゴル帝国(元)に代表されるように中国・ロシアなど北方からの陸路からの異民族の侵略と、倭寇豊臣秀吉など海洋からの日本の侵略によってもたらされてきた。ポーランドにも似ているが、中国、ロシア、日本という大国の間に挟まれた緩衝国家としての民族の悲劇といえる。それがあってか、既に現時点で、韓国の文大統領は、米国(日本の宗主国?)、中国、ロシアに対して積極的な外交を展開している。韓国と北朝鮮の間だけで朝鮮戦争が終わるわけではなく、平和が得られないことを知っているようだ。このあたり現実主義者なんだなあ、きっと。
 朝鮮民族の歴史的な経緯から、南北が融和しても、日本に対する警戒心は強く、仮想敵国のひとつとして認識されてしまうのではないのかと軍事のプロが考えるのは当然だなあ(加えて、この会合から20年あまりたった日本は、当時よりも韓国・北朝鮮にケンカを売る発言をする人が多いし...)。だからこそ、日韓の緩衝材、日本が軍事行動に走ることを抑制する安全装置と韓国側に認識されうる在日米軍を置いておくことは安全保障上、意味のあることじゃないのか、ということなんだろうなあ。在日米軍を存続したほうが日韓関係に良い影響を及ぼすのではないか。そんな計算が富澤氏の発言に行間に見える。
 で、この富澤発言に対して、米国側の出席者の発言は...

「あなたの質問はもっともであり、われわれも悩んでいるところだ。しかし、それとはまったく違った文脈もある。実は、韓国の国民もまた自国にアメリカ軍がいることを好ましく思っていない。以前からいろいろと問題もあった。だから、米韓両国で話し合い、米ソ対立がなくなった場合には、少なくとも米陸上戦力、すなわち第八軍は撤退させようということになっていた。しかし、米ソ対立はなくなったものの、北朝鮮があのような状態なので当面は撤退できないということになり、両国合意の上で現状が続いている。したがって統一が本当に成立した場合には、以前からの約束通りアメリカ軍は撤退しなければならないだろう。現在、日本では沖縄の海兵隊基地問題反米感情が高まっている*1。韓国からアメリカ軍が撤退するとき、日本はなお海兵隊を沖縄に置かせてくれるだろうか。まずはあなたにそのことを聞きたい。実はわれわれはとてもそれが許されるとは思えないので、その時に備えて、今から海兵隊を他国に移すことを考えなければならないのだ。(略)」

 うーん。これもまさに今につながる話。朝鮮戦争終結朝鮮半島の非核化の延長線上には、在韓米軍の撤退がある。基地問題に苦しむ沖縄県民の気持ちを最も理解しているのは韓国人かもしれない。韓国もまた異国の軍隊を自国内に置くことを納得しているわけではない。人種問題も含め沖縄と韓国の基地問題は共通したものも多いのだろう。北朝鮮という「今そこにある危機」のために必要悪として置いているだけ。トランプはすぐに在韓米軍を撤退させるぞ、と韓国を恫喝するが、韓国国民の感情としては、朝鮮戦争終結し、南北の共存が進むのならば、早く出ていって欲しいということになるのかもしれないし、上の発言を読むと、米国側も認識しているのだなあ。
永続敗戦論 戦後日本の核心 (講談社+α文庫) 主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿 そして、そのとき、この米国の軍事関係者が心配していたように、沖縄に海兵隊を始めとした大規模な米軍基地を置くことが許されるのか。今までは在日米軍基地問題は沖縄に押し付け、県外の国民は無関心というかたちで、問題はないこと(あるいは小さいことと)にしてきたけど、朝鮮半島の平和は「主権なき平和国家」の実相を暴き出すことに鳴るのか。「永続敗戦論」と日本が決別するきっかけになったりするのかなあ。
 朝鮮半島有事を想定しての基地展開をそのままにしておくのかどうか。それに日本には朝鮮戦争時の国連軍の基地もいまだにあるんだよなあ。実際、つい先日も国連軍地位協定を根拠に、嘉手納基地からオーストラリア軍、カナダ軍の哨戒艇が出撃することになったという記事が出ていた。

外務、防衛両省は28日、北朝鮮が洋上で違法に物資を積み替える「瀬取り」を監視するため、オーストラリア軍とカナダ軍の哨戒機が沖縄県の米軍嘉手納基地を拠点に警戒監視活動を行うと発表した。活動に加わる米軍を中心に運用を調整する。米軍以外の各国軍が、在日米軍基地を拠点に活動するのは異例。(略)両省の発表によると、豪州、カナダ両軍が今回、在日米軍基地を拠点に活動する根拠は、朝鮮戦争に伴う国連軍地位協定に基づくもの。協定の締結国に豪州とカナダが含まれており、協定では、締結国は在日米軍基地を使用できるとしている。外務省によると、瀬取り対策を理由に、各国軍が在日米軍基地を拠点に活動するのは初めてという。

 朝鮮戦争終戦を議論している時に、朝鮮国連軍の協定を発動するところがなかなかすごいけど。それ以上に、南北首脳会談の世軸実に、これを発表する外務省、防衛相のセンスもなかなかかも。日本は朝鮮戦争が終わるのを嫌っているみたいで...。終戦になれば、最初で最後のオーストラリア軍、カナダ軍の作戦ということか。卒業記念イベントになってしまうだなあ。まだ、わからないけど。
 ともあれ、朝鮮半島の南北融和の時代に極東アジア地政学がどう読めばいいのか。朝鮮有事の抑止のために米軍が沖縄に大規模な基地・訓練場を持ち、首都圏を含めた日本の空を自由自在に利用することを黙認(見て見ぬふり)していることをどう考えるのか。」 20年余り前の自衛隊の元将官たちと米国の軍事関係者の会合で交わされていた問題は、いま南北首脳会談を機に、現実の問題として立ち上がってきているのだなあ。朝鮮有事の可能性が低下した場合の在日米軍の役割は? 在韓米軍が撤退しても、在日米軍はいまの規模のままでいいのか。沖縄に過度な負担をかけるのか。このあたり、政治家のみなさん、防衛・軍事関係者はどのような議論をしているのだろうか。与野党ともに関心がなさそうで、老婆心ながら、心配してしまうなあ。この時期に中東に行っていていいのかなあ。いまは情報収集、戦略立案のときのような...。
 トランプが米朝会談の際に勢いで、じゃあ、終戦を記念して非核化を確認したら在韓米軍も撤退だあ、なんて宣言したら、どうなるんだろう。朝鮮戦争終結が沖縄の基地の縮小・撤退につながるとすれば、沖縄の人々が期待すべきなのは、安倍首相じゃなくて、韓国の文大統領のほうなのだろうか。南北首脳会談、朝鮮半島がこの先まだまだ、どうなるか、わからないけど、いろいろなことを考えさせてくれます。少なくとも、まず、そんなことできやしない、と否定から入る日本的思考法は、リスクがありそうだなあ。頭を柔らかくて、いろいろな選択肢を考えないと。
【追記】
 朝鮮戦争終戦にさせたとしても、イコール在韓米軍撤退ということではないらしい。BBCがこんなニュースを流している。

About 29,000 US soldiers are based in South Korea, under a security agreement reached after the war ended in 1953.North Korea has previously made giving up its nuclear weapons conditional on the troops leaving the peninsula.But a South Korean government spokesman said their presence was "nothing to do with signing peace treaties"."US troops stationed in South Korea are an issue regarding the alliance between South Korea and the United States," said Kim Eui-kyeom, speaking for President Moon Jae-in.

 韓国としても在韓米軍が撤退することで、極東アジアバランス・オブ・パワーが急激に変動することは良くないと思っているのだな。文政権、オトナだなあ。周囲の国家が疑心暗鬼にならないように、一歩一歩なんだなあ。国民から反発が出るかもしれないけど、それでも国際情勢をにらみながら、一歩一歩か。
 日本にしてみれば、時間を与えられたということか。沖縄への過度な基地負担、日米地位協定の見直しはいずれにしても取り組まなければならない問題だと思うけど。米国もどのように軍を配置するのか。コスパも含めて検討するのかな。対中国を考えると、陸上戦力よりも海上戦力の配置の問題になっていくのだろうか。米軍にとっては、横須賀と佐世保の海軍基地が最重要拠点で、沖縄の海兵隊の重要性はそれに比べると小さいと見ている人がいたが、どうなのだろう。朝鮮有事の際の補給拠点である横田、嘉手納の位置づけも変わってくるのだろうか。いろいろと考えさせられることは多いなあ。

*1:この会合の前年、1995年9月に沖縄でアメリカ兵による少女レイブ事件があった