ボブ・ウッドワード『恐怖の男』ーーこれを読めば、トランプ政権の行動原理がわかる

 トランプ大統領が突如、シリア撤退を宣言し、アフガニスタンからも軍を引き上げようとする。これにキレて、マティス国防長官は辞任。一方、米中冷戦は激化するばかりで経済にも影響が出始めてもトランプは意に介さない。さらに政府機関を閉鎖してでも国境の壁にこだわる。でも、この本を読んでいれば、トランプ政権でどんな話が出てきても驚くことはなくなる。その本は...

FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実

FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実

 

  ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件のスクープで知られるボブ・ウッドワード*1が内部情報をこってり盛り込んで描くトランプ政権の実態。出版された当初から、話題を集めていた問題の本であることは知っていたが、いまさらトランプのゲスな話をこれでもか、これでもか、と書かれても読む気がしないな、と敬遠していた。例えば、この本がそうだったから...

トランプ

トランプ

 

 ワシントン・ポストの取材班が、子供時代を含めてトランプの人間像を明らかにする。よく取材してあるとは思うものの、紹介されるエピソードがどれもこれも、あまりにもゲスで、最後まで読み通すことができなかった。大統領選中の言動からイメージした人物そのままなゲスぶりで、読む時間が無駄のような気がしてしまった。実はああ見えて...というところがないのがすごい。

 そんなわけで米国の歴代政権の内部情報に精通した調査報道の雄、ボブ・ウッドワードの本とはいえ、最初は読む気がしなかったのだが、読書家の知り合いが、ウッドワードらしい面白いルポルタージュで、トランプ政権の構造が理解できるよ、と話しているのを聞いて、読んでみた。そして...。やっぱり面白い。

 紹介されるファクト、エピソードの面白さ、ストーリーテラーとしての巧みさもあるが、それ以上に、トランプ政権を群像劇として描かれているところが興味深い。どのように政策が生まれ、実行されていくのか。そこにトランプの性格、個性、そしてトランプを取り巻く政権スタッフの性格、識見、野心が絡んでいくのか。選挙中はあんなでも、大統領になれば、変わるという期待はことごとく崩れ、「良識的」「常識的」とみられたスタッフは疲れ果てて、次々と政権を去っていく。

 この本を読むと、シリアからの撤退、アフガニスタンの撤退はトランプの信念。韓国からさえ米軍を撤退したがっている。カネでしか外交を考えられないから、安全保障のコストは無駄に見える。それを軍や外交官など安全保障スタッフが止めてきたのだが、それが昨年末のように大統領が突然、決めてしまう。それが本音だから...。即時撤退はやめ、時間をかけることになったようだが、要するに全体状況を考えない。勉強しない。勉強しないのは、それでもやってこれた金持ちの子だから、と評するスタッフさえいる。

 取り巻きにはいわゆるトンデモ学者がいる。中国やイランと戦争をしかねない連中、関税に象徴される保護主義が米国の繁栄につながると考える、経済学の主流に反する考え方をした連中、移民から米国を守ることを第一に考える白人至上主義的な連中。そういう取り巻きが生き残り、トランプに意見する人々は政権を追われていく。マティス国防長官はトランプの扱いがうまいと書かれていたが、それでも耐えきれなかった。

 NETFLIXの「ヒトラーの共犯者たち」で描かれた側近同士の権力闘争を思い出してしまう。ヒトラーの取り巻きよりは、トランプ政権には、まともな人々がスタッフにいると思っていたが、マティスまでやめると、それもわからなくなってくる。かつては、国防長官のマティスに加え、安全保障担当補佐官のマクマスター、主席大統領補佐官のケリーの軍人トリオが、戦争にさえ走りかねないトランプの暴走をとめる良識派と見られていたが、3人とも政権を去ってしまった。

 この3人にしても、ウッドワードの本を読むと、そう単純にトリオだったわけでもなく、マクマスターなどは著書もあるインテリ軍人としてメディア受けがいいので、ロシア疑惑で吹き飛んだフリンの後任に選ばれ、トランプは最初から嫌っていたし、相性も悪かったというように書かれている。

 ともあれ、トランプ政権の内情をうかがい知ることができる本。一時は、最大の権勢を誇ったかに見えたスティーブ・バノンも出すぎると追い出された。主役はあくまでトランプ。ほかは目立ってはいけないのだ。大統領に影響力を持つのは、イヴァンカ、クシュナー夫妻かもしれないという。超大国アメリカにして、新興国のような身内びいきのネポティズム。結局、家族しか信用できない孤独な人なのかもしれない、トランプは。

 スタッフの助言よりも、FOXニュースのキャスターのほうが影響力が大きいとか、テレビばかり見ているトランプの政治は今までとは違う。そして、実際に政府機関の閉鎖にまで至った議会との対決にしても、FOXニュースの保守系コメンテーターの発言がトランプに影響を与えたというような報道もあった。

 朝鮮半島の南北会談に至った経緯などは出てこないなど、すべてがレポートされているわけではないが、ともあれ、トランプ政権がどのように動いているのかが見えてくる本。スタッフたちからみた様々なトランプ評は辛辣なものも多い。そして、この本の最後は、モラー特別検察官の捜査に対するトランプの顧問弁護士となったジョン・ダウドが、その職を去るときの、こんな話で終わる。

トランプとその大統領の地位には、悲劇的欠陥(自分のせいで不幸になる、悲劇の主人公の性格的な欠陥)があると、ダウドは見なしていた。政治論争、逃げ口上、否認、ツイッター、問題点をぼかすこと、“フェイクニュースだ〟と叫ぶこと、いわれのない非難にすぐに憤激すること。トランプにはなによりも ひどい問題点がある のをダウドは 知っていたが、それを面と向かっていうことはできなかった。〝 あんたはクソったれの嘘つきだ〟

 結局、これが結論かあ..。

*1:映画「大統領の陰謀」では、ロバート・レッドフォードが演じていた