S・レビツキー、D・ジブラッド『民主主義の死に方』を読むーー民主主義の自殺を防ぐために何が必要か

 オバマが2018年のお気に入りの映画として是枝裕和監督の「万引き家族」をあげて話題になっていが、こちらはオバマが本の部門であげていた1冊。

民主主義の死に方:二極化する政治が招く独裁への道

民主主義の死に方:二極化する政治が招く独裁への道

 

 独裁は革命やクーデターなど暴力だけで生まれるわけではない。時として選挙など民主主義的な手続きによって誕生した政権が独裁というモンスターに変貌することがある。レビツキーはラテンアメリカや途上国、ジブラットは19世紀から現代に至るヨーロッパの専門家。ラテンアメリカ独裁政権、ドイツのナチスやイタリアのファシズムなど、ふたりは民主主義の崩壊過程を研究してきたわけだが、気がついてみると、自分の国、アメリカもトランプという独裁気質の政治家が登場してきていた。そんなことから、この民主主義の自殺ともいえる問題をめぐる本が書かれることになった。

 選挙によって選ばれた独裁政権は、ナチスファシズムだけでなく、ベネズエラチャベス政権など様々な国でみられる。独裁政権化した各国の状況と同時に、独裁政権の誕生を未然に防ぐことができた国々についても紹介されるところが新鮮。また、アメリカについては民主・共和の対立が激化し、寛容さを欠いていく政治状況の変遷がデータをもとに詳細に語られている。これを読むと、トランプがいまの米国の分断をもとらしたというよりも、米国の二極化した社会的な亀裂と対立がトランプを生み出したことがわかる。特に共和党の変質がイントレランス(不寛容)な政治状況を生み出すうえで大きな役割を果たした。

  映画「オール・ザ・キングス・メン」のモデルにもなったルイジアナ州知事のヒューイ・ロングなどアメリカにも独裁者的な政治家がいなかったわけではない。ロングの場合、結局は暗殺されてしまったわけだが、この本では、殺されなかったとしても、かつては、こうした危険人物が政権に近づくことを阻止するエスタブリッシュメントの壁があったと指摘する。それは政治ボスたちの談合政治といえるのかもしれないが、それはそれで社会的な安定とバランスを生み出す一定のシステムでもあった。このあたり、非民主的な構造が民主主義を守るというようなパラドックスともいえる。

 そうした矛盾の最たるものは人種問題で、南部の人種差別問題を見て見ぬふりをすることで、決定的な政治的な争点がなくなり、共和党民主党の妥協を生みやすい政治的な安定がもたらしていた面があったとしている。しかし、人権問題にフタをし続けることが持続可能なわけもなく、公民権運動によって最終的に人種問題が政治イシューとなる。それとともに白人を基盤とした共和党と他人種主義の民主党と、党の対立は激化し、妥協のない政治へと突入していく。

 昔、学生の頃、政治学の講義で、選挙区を自分の政党に有利なように線引きするゲリマンダリングは非民主的な手法で悪であり、禁じ手と教わったが、共和党は人種構成をみながら、自らに有利なように選挙区の区割り変更をしているという。さらに、非白人の投票率が伸びないように、選挙登録を厳格にしているところもあるとか。このあたり、昨年、南部の州知事選挙で民主党が問題にしていたのを思い出した。

 ともあれ、データやファクトが豊富で、考えさせられることの多い本。共和党の問題だけでなく、民主党の問題も指摘しているし、独裁的な行動についてはトランプだけでなく、歴代大統領にも議会を超えて行動しようとしたことがあった歴史を指摘している。その意味で、オバマがほめた本であっても、オバマ大統領をほめているわけではない。

 この本で、筆者たちは独裁主義的な行動を示す4つのポイントをあげている。いわば、政権が独裁へと変質しているのかどうかを点検するチェックポイント。どんなものかというと

1.ゲームの民主主義的ルールを拒否(あるいは軽視)する

2.政治的な対立相手の正当性を否定する

3.暴力を許容・促進する

4.対立相手(メディアを含む)の市民的自由を率先して奪おうとする

 トランプ大統領の言動はこの4つのポイントにかなりあてはまる。

 ちなみに、この4点をさらに具体的にいうと、1では「 憲法にしたがうことを拒む、あるいは憲法違反も辞さない態度をとる」、2は「ライバルを危険分子だとみなす。または、現在の憲法秩序に反していると訴える」「国家安全保障、あるいは国民の生活に対して、ライバルが大きな脅威であると主張する」「なんの根拠もなくライバルを外国のスパイだと決めつけ、敵対する外国政府にこっそり協力している(あるいは雇われている)と訴える」、4では「市民的自由を制限する法律や製作を支持する」「対立する党、市民団体、メディアの批判者に対して法的・罰則措置をとることを示唆して脅す」といった具合。

 こうみると、話はトランプだけでなく、いまの日本のムードにも当てはまることが多いことに気づく。この本が他人事は言い切れない。

 民主主義を守るものはなにか。必ずしも憲法というわけでもない。ワイマール憲法があったドイツもナチスに席巻された。これまで、アメリカで民主主義が機能してきた要因として、筆者があげるのは...

アメリカの抑制と均衡のシステムはこれまで、ふたつの基本的な規範によって当りまえのように保たれてきた。まずひとつは「相互的寛容」ーー競い合う政党がお互いを正当なライバルとして受け容れるという理解。もうひとつは「自制心」ーー組織的特権を行使するとき、政治家は節度をわきまえるべきであるという考え。

 「相互的寛容」と「自制心」ーー日本の政治でも失われてきている感じがする。衣食足りて礼節を知る、というか、経済が成長し、物事がうまくまわっているときには、政府与党にも「寛容」と「自制」があるば、貧すれば鈍するというか、うまくいかないと、余裕がなくなるのだな。そんな気もする。

 最後に、目次を紹介すると、こんな感じ。

第1章 致命的な同盟

第2章 アメリカの民主主義を守る門番

第3章 共和党による規範の放棄

第4章 民主主義を破壊する

第5章 民主主義のガードレール

第6章 アメリカ政治の不文律

第7章 崩れていく民主主義

第8章 トランプの1年目ーー独裁者の成績表

第9章 民主主義を護る

  繰り返しますが、民主主義の自殺、内部崩壊を防ぐためには何が必要なのか。そんなことを考えさせられる本です。今年は参院選の年、衆参同時選挙になるんじゃないかという噂もあるし、いま必読の1冊といっていいでしょう。