ナイジェル・ウォーバートン『若い読者のための哲学史』を読むーー哲学者はときに世間にとってうるさいアブか

 もう全然、若くはないのだけれど、読んでしまいました。

若い読者のための哲学史 (Yale University Press Little Histor)

若い読者のための哲学史 (Yale University Press Little Histor)

 

 『ソクラテスの弁明』を読んで、哲学に関心をもち、その歴史を読んでみたくなった。この本はイェール大学出版局「リトル・ヒストリー」シリーズの1冊。大学生のための入門書として書かれたのかどうかはわからないが、中学・高校生でもわかりそうなぐらい読みやすく書かれた本だった。それぞれの哲学者がどのようなテーマを追って、どのような思考をしてきたかが平易な文章で書かれている。こういう入門書は欧米の得意とするところで、とっつきやすい。

 この本をざっと読んでみて、さらに興味があれば、原点を読んでいくということなのだろう。内容はソクラテスから現代のピーター・シンガーまで幅広い。哲学者だけでなく、ダーウィンフロイトのように、その後のものの考え方に影響を与えた人も紹介する。

 目次で登場人物をみていくと、こんな具合。

 1.質問し続けた男(ソクラテスプラトン

 2.真の幸福(アリストテレス

 3.わたしたちは何も知らない(ピュロン

 4.エピクロスの園エピクロス

 5.気にしないことを学ぶ(エピクテトスキケロセネカ

 6.わたしたちを操るのは誰か(アウグスティヌス

 7.哲学の慰め(ボエティウス

 8.完璧な島(アンセルムス、アクィナス)

 9.キツネとライオン(ニッコロ・マキャベリ

10.下品で野蛮で短い(トマス・ホッブス

11.これは夢なのだろうか(ルネ・デカルト

12.賭けてみよ(ブレーズ・パスカル

13.レンズ磨き職人(バルーフ・スピノザ

14.王子と靴直し(ジョン・ロックトマス・リード)

15.部屋の中のゾウ(ジョージ・バークリー、ジョン・ロック

16.すべての可能世界のうちで最善のもの?

   (ヴォルテールゴットフリート・ライプニッツ

17.想像上の時計職人(ディヴィッド・ヒューム)

18.生まれながらにして自由(ジャン=ジャック・ルソー

19.バラ色の現実(イマヌエル・カント①)

20.「誰もがそうするなら?」(イマヌエル・カント②)

21.功利的至福(ジェレミーベンサム

22.ミネルヴァのフクロウ(ゲオルク・W・F・ヘーゲル

23.現実の世界(アルトゥル・ショーペンハウアー

24.成長するための空間(ジョン・スチュアート・ミル

25.知性なきデザイン(チャールズ・ダーウィン

26.命がけの信仰(セーレン・キルケゴール

27.団結する万国の労働者(カール・マルクス

28.だから何?(C・S・パース、ウィリアム・ジェームズ)

29.神は死んだ(フリードリヒ・ニーチェ

30.仮面をかぶった願望(ジークムント・フロイト

31.現在のフランス国王は禿げているか(バートランド・ラッセル

32.ブー! フレー!(アルフレッド・ジュールズ・エイヤー)

33.自由の苦悩(ジャン=ポール・サルトル

     シモーヌ・ド・ボーヴォワールアルベール・カミュ

34.言葉に惑わされる(ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン

35.疑問を抱かなかった人(ハンナ・アーレント

36.間違いから学ぶ(カール・ポパー、トーマス・クーン)

37.暴走列車と望まれないバイオリニスト

   (フィリッパ・フット、ジュディス・ジャーヴィス・トムソン)

38.無知による公平(ジョン・ロールズ

39.コンピューターは思考できるか

   (アラン・チューリングジョン・サール

40.現代のアブ(ピーター・シンガー

  哲学史といっても、西欧哲学史。西欧ではキリスト教の普及後、世界認識に神の問題が大きかったことを改めて知る。そして、読んでいるうちに、宗教的基盤の異なる東洋哲学、イスラム哲学の歴史についても知りたくなる。このあたりは井筒俊彦の本を読むべきなのだろうか。

東洋哲学覚書 意識の形而上学―『大乗起信論』の哲学 (中公文庫)

東洋哲学覚書 意識の形而上学―『大乗起信論』の哲学 (中公文庫)

 
イスラーム哲学の原像 (岩波新書)

イスラーム哲学の原像 (岩波新書)

 

 でも、井筒俊彦の本は難しそうだな。

 ともあれ、ナイジェル・ウォーバートンの本、読みやすくて、西欧哲学の流れを知る入門書としては良かった。哲学は、静かな学問のようでいて、真実、本質について突き詰めて考えいくことは、ときとして人々の神経を逆なでし、世間をざわつかせることもある。それはソクラテスピーター・シンガーに共通しているという。しかし、アブのようにうるさく、うっとうしい哲学者が発する設問から、物事は新たな様相を見せ、いままで気が付かなかった問題の本質を教えてくれることもある。伊丹万作いうところの「だまされる」という悪*1に陥らないためには、哲学者のように考えることも必要になる。

 そういえば、最近もこんなことが...

東洋大学が、元総務大臣でグローバル・イノベーション学科教授の竹中平蔵氏(67)を批判する立て看板を21日に校内に立て、ビラを配った文学部哲学科4年の船橋秀人さん(23)に「退学」を示唆するような発言をしていたことが24日、分かった。

竹中氏批判の東洋大学生語る「組織の問題を指摘」 - 社会 : 日刊スポーツ

  哲学科の学生...。ソクラテスの教え子らしく、世間をざわつかせているのかもしれない。哲学って静かな学問かと思っていたが、過去の歴史を振り返ってみると、挑戦的で、ときにイラッとさせ、そして、そのあとに深く考えるきっかけをつくってくれる学問なのだろう。