アラブ・エクスプレス展(森美術館)

 サブタイトルに「アラブ美術の今を知る」ということで、アラビア半島を中心としたアラブ諸国のアーティスト34組を紹介するという企画展。現代アートの企画展の場合、当たりか、ハズレか、という感じがしたのだが、これは大当たりだった。イスラム圏という、あまり馴染みのない地域のアーティストで、しかも現代アートというところが斬新だった。
New Vision: Arab Contemporary Art in 現代アートの場合、日本や欧米などの先進国の場合、往々にして人生経験の乏しい学生さんがアタマで考えましたみたいなコンセプト先行のものがあって、その器用にコネコネした感じが嫌のなのだが、中東の場合、社会的にも、政治的にも、文化的にも様々な軋轢がある地域であり、さらにはステレオタイプなイスラム観、アラブ観に対する反発もあり、そうした様々な摩擦熱が作品に反映されていて、刺激的。加えて、ちょっと感覚の違うユーモアがあったりして、そこがまた良い。刺激的であり、楽しい。
 作品として、まず印象に残ったのは、サーディク・クワイシュ・アル・フラージーの《私の父が建てた家(昔むかし)》。白い壁に服と父母と思われる男女の肖像写真が飾ってあり、その上に影絵のような様々な絵がアニメのように投影されていく。何ともノスタルジックで、どこか悲しみをたたえて、心を打つ。
 ジョアナ・ハッジトマス & ハリール・ジョレイジュ《戦争の絵葉書》は、絵葉書ラックのようなところに展示されているのだが、そこにあるベイルートの写真は、観光写真風でありながら、レバノン内戦でベイルートの街が破壊されたところだけネガが焼けたようになっている。失われた街、ベイルートの悲しみを伝える。パレスチナの検問所をモチーフにした写真もあったし、どこかで戦争と民族対立の影がある。地図のオブジェで、パレスチナを除いて国のブロックを動かせ、好きな地図をつくれるというのもあった。こちらの作者はメモして来なかったので、失念。
 アブドゥルナーセル・ガーレムの《道》は、ある村で豪雨があり、村人は近くに建設された橋に避難したのだが、鉄砲水でその端そのものが流され、多くの犠牲者を出したのを悼み、橋の路上に犠牲者の名前を書いたのを撮影したもの。これも悲しみだなあ。
 アーデル・アービディーンの《アイム・ソーリー》は、イラク出身の作者がイラク戦争の際、みんなから「I'm sorry」といわれたのに違和感を感じて、つくった「I'M SORRY」のイルミネーションのようなオブジェ。おまけに「I'M SORRY」の金太郎飴が観客用に置いていあるのご愛嬌。このあたり、乾いたユーモアがある。
 純粋にユーモラスで面白かったのは、アトファール・アハダースの《私をここに連れて行って:想い出を作りたいから》。アラブの写真スタジオでは、合成写真で世界の名所に入るような写真を撮ってくれるらしいのだが、その手法を使って各地に行くアラブ人3人組の写真と、よく観光地にある顔の部分だけがない民族衣装の人物など。一発芸的なアイデアだが、そこはかとなくユーモアがある。
Pen+(ペン・プラス) いまこそ知りたい、イスラム 2012年 5/17号 別冊 美術館の公式サイトを見ても、名前がよくわからなかったのだが、このほかでは、インパクトがあったのは、マシンガンをテーブルの前に置き、いかにもアラブ系テロリストという格好で画面に向かって何かを読み上げている男性。ぱっと見たメージでは、テロリストがテロの声明文を読んでいる感じなのだが、実は読み上げているのは「千夜一夜物語」。アラブ人と見れば、テロリストと見てしまう先入観、イメージで人を見る怖さを教えてくれる。アラブに対する偏見を上手に表現している。
 もう一つ、名前がわからないのだが、エジプトの大衆映画からピラミッドを背景にしたシーンだけをつないだフィルム。これもバカバカしいといったら、バカバカしいともいえそうなのだが、見ているうちに、エジプト人の様々な思いが伝わってくる。国家や歴史に対する誇りともいえるし、歴史の遺物であるピラミッドしか自慢できない現状へのやるせなさや不満も同時に表現される。
 そんなこんなで予想以上に面白く、刺激的だった。作者はドバイに住んでいる人が多いのは最も自由な都市だからだろうなあ。かつて最も自由で美しい都市と言われたベイルートも表現の対象になっている。美と平和の都市から廃墟と暴力の都市に転じた落差が創造意欲をかきたてるのだろうか。また、エジプト人のアーティストは、アラブの春の際に、タハリール広場で射殺されたという。その人の作品もバカバカしいほどユーモラスなものだったが、厳しい環境の中でのユーモアなんだなあ。
 ともあれ、楽しい企画展でした。
★アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る | 森美術館 => http://bit.ly/Q9867r

アラブ・エクスプレス展 アラブ美術の今を知る

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