ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル『リバース・イノベーション』

リバース・イノベーション

リバース・イノベーション

 これは面白い。久々に刺激を受けたビジネス書だった。副題に「新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき」。中国、インドなど新興国の巨大マーケットに先進国の企業が進出しようとするとき、既にブランドの確立した商品や、自分たちの市場向けに開発した製品の機能を落として、価格を落として投入すればいいと考える。基本的に成長の発展段階説というか、進化論というか、いずれ自分たちの世界にリニアにやってくると考える。しかし、現実には、インフラの不備など新興国の実情に合わせて開発した製品が新興国市場を制覇し、ときには、それが先進国にまで逆流してしまっているという。筆者たちは、そうした途上国で最初に採用されたイノベーションを「リバース・イノベーション」と呼び、それを実例も豊富に紹介してくれる。
 目次を見ると、こんな感じ...

第1部 リバース・イノベーションへの旅
 第1章 未来は自国から遠く離れた所にある
 第2章 リバース・イノベーションへの五つの道
 第3章 マインドセットを転換する
 第4章 マネジメント・モデルを変えよ
第2部 リバース・イノベーションの挑戦者たち
 第5章 中国で小さな敵に翻弄されたロジテック
 第6章 P&Gらしからぬ手法で新興国市場を攻略する
 第7章 EMCのリバース・イノベーター育成戦略
 第8章 ディアのプライドを捨てた雪辱戦
 第9章 ハーマンが挑んだ技術重視の企業文化の壁
 第10章 インドで生まれて世界に広がったGEヘルスケアの携帯型心電計
 第11章 新製品提案の固定観念を変えたペプシコ
 第12章 先進国に一石を投じるパートナーズ・イン・ヘルスの固定モデル
 終 章 必要なのは行動すること

MAKERS 21世紀の産業革命が始まる 印象的なのは第10章のGEヘルスケアがインド向けに開発した携帯心電計。インドでは電力インフラが安定せず、高額の治療費を出せない。そのため、充電型の小型心電計を新たに設計したのだが、これは救急車など先進国でも使われることにある。ロジテック(スイス企業、日本では「ロジクール」)は、中国製のワイアレスマウスの登場に悩まされるが、それは中国製品が単に安いだけでなく、必要十分な用途に特化していたからだと気づく。また、P&Gのブランド商品は先進国では高品質と評価されても、途上国の女性の生活実態に合わなかった。両社とも、その現実を認めてリバース・イノベーションを展開するのだが、どのエピソードも面白い。クリス・アンダーソンの『MAKERS』同様、世界では、こんなことが起きているのか、と思う。IT化とグローバル化で、いまは製造業革命の時代なのだな。
 欧米でも、グローバル企業はまだリバース・イノベーションに挑み始めたところというが、日本の場合、自分自身が敗戦の廃墟から欧米にキャッチアップした発展途上経験があるだけに、自分たちの国の製品の機能を落としたり、そのまま売れる段階まで発展するのを待てばいいんじゃないか、という固定観念が強いようにも思える。その点で、不安にもなってくる本。何しろサムスンが急成長しているのも気づかなかったからなあ。気がついたら、どこか知らない国の企業がリバース・イノベーションで世界市場を席巻していたなんてことも起こるんじゃないか。欧米の企業は、その恐ろしさに気づき始めているんだな、と感じた1冊でした。過去の成功体験で「イノベーションのジレンマ」に陥った企業がいま、どのような形で凋落していくリスクがあるのかを見せてくれる本でもあります。

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 Harvard business school press

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 Harvard business school press