永野健二『経営者』ーー良くも悪しくも日本の会社を創ってきた経営者たちの物語

経営者:日本経済生き残りをかけた闘い

経営者:日本経済生き残りをかけた闘い

 

  良い会社も、ひどい会社も、良くも悪しくも「日本の会社」を創ってきた経営者たちの物語。この本を読んでいると、戦後の復興期から高度経済成長期、そしてバブルへーー日本経済のどん底から頂点へと駆け上がってきた時代は、日本の会社の経営者の顔がはっきりと見えた時代だったのだな、と改めて思う。

 バブル崩壊後にも経営者はいるが、顔の見える経営者は減ってきた。日本経済が強かった頃、経営者たちには日本経済をつくってきたのは自分たちだという気概があったように思える。利益だけでなく、公益にも思いを致す時代であり、民間の活力が日本経済をつくってきたという自負。そうした自信が失われたことが経営者の顔を見えにくくしているのだろうか。

 日本には古来、官尊民卑の風潮があり、いまも官のよろしき指導を得て、日本は復興、成長してきたという主張が根強い。しかし、それは神話ではないかと何となく思ってきた。この本を読むと、戦後の官僚の良きリーダーシップの象徴ともいえる「傾斜生産方式」の思想が新日鉄の前身である富士製鉄から生まれたということが紹介されている。やっぱり...。だよねえ。日本は政官だけでつくってきたものではないんだよね。当たり前だけど。

 敗北を抱きしめつつ、復興、そして経済成長へ向けて、政と官と民がともに知恵を出し合い、力を出し合ってきた(一般に政官民と書くが、序列があるわけじゃない)。そこから戦後の復興、成長が成し遂げられた。「経営者」という民の視点から歴史を眺めると、日本経済の違った風景も見えてくる。いまは政と官が民を主導するという思想に対する信仰が強く、民もそれで良しとしているようなところがあるが、歴史を振り返ると、宅配便に象徴されるようにイノベーションは民から生まれ、ときには官との激しい戦いの末に生まれてきた。そんなことを思い出させてくれる。

 ともあれ、人物を通じて、日本の会社の足跡を振り返ると、いろいろな発見がある。この本には、政治家・官僚からみた日本経済の歴史ではなく、経営者、民間から日本経済の歴史物語。どこか網野善彦的な面白さがある。違う視点を提供してくれる。日本の経営のサクセスストーリーだけではなく、宿痾とでもいうべき問題もカネボウ東芝を通じて知ることができる。企業の遺伝子というのか、時代は変わっても、企業風土には変わらないものがある。企業を成長させる遺伝子もあれば、企業を破滅に至らしめる悪質な遺伝子もある。このあたりの話も面白い。

  筆者はジャーナリストで、この本を書いた人...

バブル:日本迷走の原点

バブル:日本迷走の原点

 

  「バブル」と同じように、「経営者」でも、これまでは断片的に知っていた事柄がさまざまな文脈の中に位置づけられ、その意味を改めて考えさせてくれる。財界の構造や意味など、今まで考えたこともなかったが、各経済団体の成り立ちを知ると、それぞれが日本にとって意味を持って生まれた組織であったことを知る。そして、その本質的な存在意義から考えると、経団連と日経連の合体は果たして良いことだったのどうか。今までとは違う視点で、物事を見ると、評価も変わってくる。異なった視点は大切だなあ。

 で、この本に登場する経営者たちを目次で見ていくと...

 序  日本を支えた「渋沢資本主義」

第1章 戦後日本経済のリーダーたち

   1.武藤山治カネボウの「滅びの遺伝子」

   2.二度引退した " 財界鞍馬天狗 " 中山素平

   3.永野重雄の決断ーー新日鉄誕生は是か非か

   4.トヨタが日本一になった日ーー豊田英二の時代

第2章 高度消費社会の革命児たち

   5.中内功ーー流通革命と『わが安売り哲学』

   6.伊藤雅俊と伊藤敏文、今生の別れ

   7.藤田田、「青の時代」のトリックスター

   8." プラグマティスト " 小倉昌男起業家精神

第3章 グローバル時代の変革者たち

   9.ジョブズになれなかった男、出井伸之

  10." 最後の財界総理 " 奥田の栄光と挫折

  11.土光敏夫も変えられなかった「東芝の悲劇」

  12.伊夫伎一雄と「溶解する三菱グループ

  13.日立の青い鳥、花房正義の物語

第4章 新しい時代の挑戦者たち

  14.柳井正永久革命

  15.豊田章男が背負う「トヨタの未来」

  16.孫正義が目指すのは企業かファンドか

  17.稲盛和夫が見つけた「資本主義の静脈」

  トヨタは豊田英二、奥田豊田章男と3人の経営者が登場する。やはり日本を代表する会社。そして、トヨタの未来は、この会社のサブタイトルにある「日本経済生き残りをかけた闘い」の最中にあることを改めて教えてくれる。デジタル化の津波に日本のエレクトロニクス産業が飲み込まれ、流されてしまった今、自動車は日本の製造業にとって最後の砦のようなところがあるが、電気自動車、自動運転などのパラダイムシフトのなかでどうなっていくのだろう。

 敗戦後、復興から高度成長期にかけて、日本の会社には、松下幸之助パナソニック)、本田宗一郎(ホンダ)、井深大ソニー)といった錚々たる経営者のロールモデルがいた。流通革命で言えば、この本でも大きく取り上げられている中内功伊藤雅俊鈴木敏文

 それに比べて、バブル崩壊という第二の敗戦以降、21世紀に入ってからの日本企業のヒーローは誰かと考えると、この本が指摘しているようにユニクロファーストリテイリング)の柳井正ソフトバンク孫正義のふたりというのは、いかにもさみしい。そして、そのただでも少ないヒーローたちが尊敬する経営者とあげるのが藤田田日本マクドナルドの創業者であると同時に、光クラブ事件に関係していたといわれる「白昼の死角」のヒーロー。それが現代を代表する経営者のロールモデル

 そんなエピソードを読んでいると、いま日本にとって「経営者」って何なのだろうか、と考えてしまう。これから経営者は日本でどのような役割を果たすのか。戦後の復興期や成長期、石油危機、通貨危機など様々な危機を乗り越え、社会的責任を問われた時代は終わり、1ちょう、2ちょうと豆腐を数えるようにカネを数えることが経営者の実力として評価される時代になったのか。いろいろな意味で、日本の会社、そのリーダーである経営者について考えさせられる本です。

 大勢の経営者が取り上げられている中で、誰に魅了されるかというと、やはりヤマト運輸小倉昌男。小倉は、藤田田と同じように敗戦間もない混乱期、学生時代に闇屋として一儲けする才覚を持ちつつ、藤田と違って、そのまま「ユダヤの商法」的な道には走らなかった。主要取引先であった三越の倫理的荒廃と横暴に自ら取引を清算し、宅配事業というフロンティアを運輸省と闘いながら切り開く。そして、障害者の自立支援にあたっても、会社というかたちをつかって、働く場を提供する。経営という力で利益を得るとともに社会に貢献する。好きだなあ。

 そして話が戻るが、現代を代表する経営者のロールモデルが、小倉昌男ではなくて、藤田田である時代というのは何なのだろう。経営を司る者のあり方を考えさせられる本です。リバイバル・ヒットとなった本のタイトル風に言えば、「君たちはどう経営するか」といったところだろうか。「経営者」という本、温故知新というか、21世紀の経営を考えるうえでの材料を与えてくれる。

小倉昌男 経営学

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ユダヤの商法―世界経済を動かす (ワニの本 197)

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漫画 君たちはどう生きるか

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