D・ハルバースタム「ザ・コールデスト・ウィンター」

ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 上

ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 上

ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 下

ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争 下

 読む前はなぜいまさら朝鮮戦争かと思ったのだが、読んでみて、なぜハルバースタムが書かなければならないテーマだたったかがわかった。ベトナム戦争から湾岸戦争イラク戦争アフガニスタン戦争にまで通じる戦後米国の原型があるからだ。ベトナム戦争を描いた「ベスト&ブライテスト」で不動の名声を得たハルバースタムの遺作が「朝鮮戦争」だったことは至極、当然と思える。
 朝鮮戦争の印象というと、北朝鮮の先制攻撃で一時は釜山まで追い詰められた米軍・韓国軍が、マッカーサー乾坤一擲の仁川上陸で一気に逆転。しかし、38度線を超え、鴨緑江まで進撃した結果、中国の介入を招き、形勢は再逆転、消耗戦となり、最後は38度線で休戦というものだった。しかし、この本を読むと、中国は仁川上陸を予見して北朝鮮に警告していたとか、米軍も、中国軍が鴨緑江を越えて朝鮮半島北部に展開しているとの前線の情報を東京のマッカーサーが無視、待ち伏せ攻撃にあって殲滅される部隊が出るなどといった大惨事が描かれる。
 スターリン毛沢東、さらにマッカーサー金日成といった唯我独尊の個性が、死屍累々の戦場をつくっていく。出世のために兵士の命を犠牲にする将軍・将校が横行する。特に第二次大戦で出世競争に乗り遅れたと思ったグループがひどいし、大戦の終結に伴い兵士の帰還を急速に進めたことが米軍を空洞化させ、それが初期の敗退につながっている。これに人種差別意識に基づく北朝鮮・中国の軽視が重なり、米軍は犠牲者を増やしていく。
 一方、米国内の政治情勢としては、ルーズベルトからトルーマンに至る民主党長期政権が、共和党を右傾化させる。特に中国に共産政権ができると、対外強硬論が跋扈し、これが民主党を制約することになる。こうした図式がベトナム戦争を生み出し、ニューディールによる民主化・人種融合政策を嫌悪する保守派との対決は、ブッシュ、オバマの時代まで継承されている。
 朝鮮戦争に、ベトナム戦争から現代のアフガニスタン戦争にいたるまでの政治・軍事的な原型がある。なるほど、ハルバースタムがこの題材をとりあげるはずだ。逆にいえば、朝鮮戦争の総括、高級将校の責任問題をきちんと処理しておかなかったことが、ベトナム戦争へとつながっていくことになる。リッジウェーなど朝鮮戦争で戦果をあげた軍人がベトナムへの介入に反対していた。
 で、本筋とは別に印象に残った部分。

 マッカーサーも戦争の比較的早い時期に、日本軍の弱点を文化と軍事の両面でつかんだ。日本軍は行動計画を管理しその統率下にあるとき、また、すべてがあらかじめ決められた通りに遂行されるときは強力で、その厳格な指揮系統は一見、無敵である。すべては計画通りに動き、すべての兵士は厳格きわまりない命令に忠実に従い、無謬である。しかし、日本軍にとって先頭の潮目が暗転した場合や主導権が失われた場合、この長所がそのまま短所になる。驚くばかりに柔軟性を失い、うまく戦えるのは日本軍と同じような動きをする敵だけということだ。日本の社会はきわめて階級的専制主義で個人の創意には大きな価値を置いていないため、その軍隊は堂々とした軍にはほど遠く、戦場で要求される死活的重要な資質である未知のものへの対応能力を欠いた。そんなわけで、日本は軍事的には早々と硬直化した。

 これは日本の組織の性格として、いまも続いているような・・・。90年代以降の日本企業論のよう。官僚機構も同じだろうけど。
 もうひとつ、ジョージ・ケナンの言葉。

 アメリカのような図体の大きな民主主義国は周囲の環境に邪魔されずにほとんどいつも眠りこけているが、突然、遅まきに目覚めて目に止まったものにたけり狂い、荒々しく襲いかかる巨人に似ている、と。

 ハルバースタムは、911以降の米国の姿と重ねあわせて引用しているんだろうか。