ジム・ロジャーズ『徹底予測 21世紀 天才投資家の世界バイク紀行』

 前々から気になっていた本を、ようやく読み終える。日経から出た「大投資家 ジム・ロジャーズ世界を行く」の文庫版なのだが、日経からも日経ビジネス人文庫で「冒険投資家ジム・ロジャーズ世界バイク大紀行」が出ている。読んだのは、講談社文庫版。ジョージ・ソロスとともにヘッジファンドで巨万の富を得たジム・ロジャーズが1990年3月から1991年11月まで、ほぼ2年をかけてバイクで世界を一周する物語。
 アイルランドからスタートし、英国を回った後、ユーラシア大陸を欧州から中央アジアを抜けて中国に出て、日本にわたり、今度はシベリアからモスクワへと崩壊状態のロシアを走り抜け、再び欧州に戻り、今度はアフリカを縦断。サハラ砂漠を抜けて南下し、ザイールで拘束され、マンデラ以前のアプルとヘイト時代の南アフリカに出る。そこから、さらにオーストラリア、ニュージランドを経て、南アメリカの南端に上陸、北上して中央アメリカを抜けて米国のニューヨークに戻る9万キロを超える壮大な旅。バイクに乗って世界を自分の目で見ることは、投資対象の国々の実地調査でもある。バイク紀行としても投資紀行としても面白い。だから、原題が「Investment Biker」なのだろう。インベストメント・バンカー(投資銀行家)ならぬ、インベストメント・バイカー。
 印象に残ったところをいくつか抜書きすると...
 トルキスタンは「グルジアアルメニアアゼルバイジャンといった、ソ連でいつの時代も最も裕福だった人々のヨーロッパへの主要な玄関口となるに違いない」とみて、土地を買えば、儲かるだろうと言いつつ...

 私自身は土地は一切買わなかった。実際にはそうしないとしても、売りたいときにすぐ売ることができるものしか投資しない方針だからだ。

 リスクのなかで最も怖いのは、流動性リスクと言うが、そのあたりを絶えず意識しているんだろうな。
 旧ソ連の環境破壊について...

 官僚制と傲りが自制心を失わせた結果である。ロシア人は水を使ってその地帯を大規模な綿花畑にするつもりだった。しかし彼らはその土地を、私たちが通り過ぎてきた油田と同じ方法で扱ったのだった。使い棄てては、先へと進んだ。米国で、25万平方キロもの農地を買い、耕作のために銀行で数十億ドル借りたならば、銀行家もこう言うだろう。「これは破綻する。こんなものに金を注ぎ込み続けるつもりはない」と。そこにはある規律がある。しかし共産主義にはそれがないのだ。誰にも「止めろ」と言われることもなく、資源を略奪し尽くし、台無しにしてしまえるのだ。
 ロシアでは土地は誰のものでもなかった。来年は隣の土地に移り、水をもっと得るまでのことだ、誰も構いはしない。もし私が地方長官だったら、10年間の穀物の生産ノルマを決める。そうすれば、モスクワに行って昇進できる。

 これはソ連だけのこととは言えない感じがする。中国にも似たようなところがあるかもしれない。日本だって他人事とは言い切れない。官僚制自体に内在する危険性かもしれない。
 その中国では、一人っ子政策に着目して...

 一人っ子は甘やかされ、中国人の国民性を変えるのだろうか。また、一人っ子は人生で成功しやすいという多くの研究を実証するのだろうか。今日の勤勉な中国人よりも、一人っ子で構成された国のほうが苦労するのだろうか。中国は成功ばかりを追い求める国になってしまうのかもしれない。しかし、そのような国で両親や祖父母たちがたった一人の愛し子を戦場へ送り出すだろうか。

 興味深い設問。20年前の記述だが、いまの中国がわかるような気がする。「成功ばかりを追い求める国」というのは当たったかもしれない。中国のもろもろの行動も「一人っ子」と考えるとわかりやすい。最後の部分も興味深い。軍事力増強に励みつつ、実は地上戦ができない国になってしまっているのかもしれない。人民解放軍もかつて朝鮮戦争人海戦術で戦った時とは違うだろう。
 金本位制の2つの問題点について

 第一。機能するかもしれない。金本位制への回帰は政治家に厳しい規律を課し、究極的には財政赤字のたれ流しに浸った経済を苦痛へと導くに違いない。その痛みがあまりに大きくなってしまったとき、政治家は問題を金本位制の責任にしてそれを捨て去るだろう。これまでもそうしてきたのである。1971年、金本位制の要求に応じることの痛みが政治家の直面する苦しみよりも大きくなったため、ニクソンは修正金本位制を放棄したのである。
 第二。機能しないかもしれない。つまり、政治家は自らの身を守るためなら、でっち上げ、逃避、原則の変更など全く平気だということだ。典型的な例として、ローマ帝国時代後半の金貨は前半の全盛期の頃よりも金の含有量が少なかった。政治家の敷くどんな金本位制度も堅実でないのは当然だけれど、私たち全てが騙されてそれを安全だと思ってしまう。詐欺が明るみになる頃には、多くの人々にとって手遅れなのだ。

 要するに金本位制は失敗するといっている。それよりもキャピタルゲイン課税の完全撤廃を主張している。そうすれば、ダメな国からはすぐに資本移動が起き、政治家に鉄槌を下し、より良い政治、経済、社会をつくるという。この部分に限らず、ロジャーズは国家統制が根っから嫌いな自由主義者である。ちなみに、この金本位制の話は日本の章で出てくる。
 日本については「東京はとてもエキサイティングで活気のある都会だ。非常に多くの投資機会がある」としつつ...

 もっとも日本に問題ないとは言わない。米国の新聞が誇張して伝えるほど、日本の子供たちは親のように一所懸命には働かない。蟻のように働く日本の労働者の次世代の子供たちは、彼らの親と同様の犠牲は払わないつもりのようだ。富の第二世代は決して精一杯は働かず、富が第三、第四世代に受け継がれる頃、しばしばバイタリティが失われている。

 よく見ている。20年前だが、これは今も共通した話だろう。で、極東では、シベリアに成長の可能性を見る...

 中国はその厖大な人口のために資源が必要であるが、彼らが使用できる資本以上に多くの労働者を抱えている。多くの土地と資源を有しているシベリアには労働力と金がない。一方、日本には資源とするものは何もなく労働力も充分ではないが、資本がある。私には日本の資本が中国の労働力と結びついて、シベリアの広大な資源を開発し、途方もない富を生み出す姿がイメージできる。

 なるほど。しかし、今はロシアは資源価格の高騰によって富を持ち、中国も輸出大国となってしまった。昔に比べると、日本の資本の威力は低下しているかもしれない。
 次に投資の鉄則...

 私が投資に携わる限り、他の全てのルールよりも重んじるひとつの原則がある。いつも中央銀行の動きに対しては逆を張り、現実世界と同じ動きをとることである。

 中央銀行が無理に価格を操作しようとすれば、市場に制裁される。そして現実に即した価格への修正が本格的に始まると、今度は市場はオーバーシュートする。基本は現実世界をどうみるか、つまるところ需要と供給の実態を知ることと言っているように読めた。
 もうひとつ、投資の原則...

 投資家たる者、ついそこのお金までが動きそうになるのを見極めるまではなにもしないほうがいいのだ。ほとんどの投資がおかす大きなミスのひとつは、常に何かをしていなければ、つまり、待機資金を投資しなければと思っていることだ。多くの投資家にとって、一回の投資で大金を手にすることが最悪の事態を招く。彼らは興奮して勝ち誇り、「次もこんなチャンスを狙ってやろう」と思うようになる。
 次の確実なチャンスが来るまで、お金を銀行に預けてじっと待つべきなのだ。それなのにすぐまた飛びついてしまう。なんたる傲り! 投資のコツはいかにしてお金を失わないかということにあるのだ。これが最も大事なことだ。もし年9パーセントの割合で資金を増やし続けることができれば、ある年は上々だったが次は散々というような浮き沈みの激しい投資家たちよりも、よい成果をあげられるのだ。損失が命取りになる。損を出せば福利での利殖率は落ちる。そして複利こそが投資の力なのだ。

 これなど投資の金言といえそう。
 この本の最後は米国に関するこんな話で閉じられる。

 私たちの国は生き延びられるのだろうか。答えはイエスだ。イタリアや英国では何十年もの間、財政は秩序あるものとならなかったけれど、優雅な生活は無理としても生活することはできた。1910年にアルゼンチンは南北アメリカで最も豊かな国だったが、大恐慌によって貧困へ突き落とされてしまった。生活は大変でも、しかし国は60年間も続いている。
 世界を巡ってひとつ学んだことがあるとすれば、社会が豊かになって、数年間あるいは数十年間、数世紀にわたって威張り散らしたら、その社会の時代は終焉を迎えるのだということである。もうひとつ学んだことは、全ての富がなくなっても生活は続くということである。さらに大事なことは、もし夢があるなら実行すべきだといことだ。夢を現実のものとしなければならない。チャンスは再び巡っては来ないのだから。

 いまの日本に語ってくれているようでもある。
 ロジャースの話には、クリントン民主党最後の大統領になるとか、南アフリカマンデラのものとで白人を排除するだろうとか、外れている話もある。ただ、自分の目で海外を見て、投資を決めていくのは、欧米人の強さなだと思う。大航海時代以来のDNAなのだろうか。この本の中にも、同じような旅をしている欧米系の人々が登場する。
 ともあれ、書類だけ見て投資を判断するよりも、現地を踏査して投資を決める人のほうが信頼できる。やはり現地を歩くことが重要なのだな。
 最後に世界一周したジム・ロジャーズが語る住みたい都市...

 私が選ぶ上位三都市はニューヨーク、ブエノスアイレス、東京で、シドニーバンコク、ローマがそれに続。

 東京が入っているところがうれしい。いまは上海に変わっていないといいけど。
冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行 (日経ビジネス人文庫)