「ストーリー・オブ・フィルム」ーー映画好き必見。超絶面白く、刺激的な映画の世界史

 映画史については多少知っていると思っていたが、CS洋画専門チャンネルの「ザ・シネマ」で「ストーリー・オブ・フィルム」という英国のドキュメンタリーを見て、反省した。私はまだまだ未熟で無知でした。映画の表現世界はもっと深く広かった。
 最初は、映画の歴史? 年代順に映画並べて、解説するだけなんでしょ、と思っていた。ところが、たまたま見てみると、映像表現の方法、いわば映画文法がどのように生まれ、進化をとげてきたのかを様々な映画の実際のシーンを例に展開するシリーズだった。しかも、カバーしているのは欧米だけではない。アジア、アフリカ、中東、南米にも目を配る。映像表現は国境を超え、相互に影響を与え、刺激を受けながら、進化しきた。映画の歴史は、世界史で見なければいけなかったのだ。しかも、アート映画、それも前衛・アングラ映画まで視野に入れている。前衛的な表現法が時を経ると一般的な表現法となる。このシリーズ、映画を見る目が広いだけでなく、深い。
 15回シリーズなのだが、各回は、こんな感じ。

第1回 映画の誕生
第2回 アメリカ映画の功績、そして反抗
第3回 世界中に現れた巨匠たち
第4回 音の出現
第5回 戦争の爪痕、新たな映画の潮流
第6回 映画の膨張
第7回 西ヨーロッパ映画の革命
第8回 世界を席巻する新しい波
第9回 新しいアメリカ映画
第10回 革新的映画作家たち
第11回 大衆文化の革新
第12回 世界の映画製作と抗議
第13回 フィルム時代の終焉
第14回 デジタル時代の幕開け
第15回 映画の未来

 映画文法の進化のなかでは、日本映画も主役の一人として扱われ、小津安二郎溝口健二黒澤明は大きく取り上げられる。このあたりは日本人としては当然と思え、英国の人もよく勉強しているね、と思うのだが、驚くのは、このシリーズの製作者たちの映画の教養はそのレベルではなく、村田実監督のサイレント映画「路上の霊魂」などが出てくる。「すいません、私は知りませんでした」と脱帽するしかない。
小津安二郎 大全集 DVD9枚組 BCP-027 このシリーズ、単に歴史に従って作品を辿るのではなく、ある映画がどのような表現を発明し、その映画が、その後の作品にどのように影響したかを具体的に見せてくれるところがいい。ある作家が、どの作家に影響を受けていたのか、その跡を辿ることもできる。小津の映像表現が、欧州の映画作家に影響を与えていることを実際の作品の一場面で見ると、ちょっと感動してしまう。小津って、すごかったんだなあ。もっと見ておかないといけなかったなあ。
 映画の古典の名場面が次から次へと出て来るだけでなく、関係者インタビューも充実している。日本の映画人では、香川京子が出てくるのだが、香川は、小津、溝口、黒澤という日本映画の黄金期の三大巨匠が使った女優だったのだ。実際に3人の演出の違いを知っている。よく取材しているなあ。
 イタリアでいえば、クラウディア・カルディナーレは、フェデリコ・フェリーニルキノ・ヴィスコンティという2人の巨匠に愛された女優で、やはりインタビューに登場する。ともあれ、この映画の広さと深さはすごい。中東の映画というと、イラン映画は知っていても、エジプトの映画などまるで知らなかった。このあたりの視野の広さは英国人なのかなあ。南米の映画は多少知っていても、アフリカの映画は何も知らなかった。
最も危険なアメリカ映画 『國民の創生』 から 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』 まで さらに映画の歴史というと、映画って、やっぱりいいですね的なバラ色の夢見る話になってしまいがちだが、このシリーズでは負の側面にも触れ、D・W・グリフィスの「國民の創生」が映映画文法の革新的作品であると同時に、米国の白人至上主義、人種差別を燃え上がらせ、死にかけていたKKKを復活させたことも指摘する(町山智浩いうところの「最も危険なアメリカ映画」です)。
 「信念の勝利」「民族の祭典」などの記録映画を撮ったレニ・リーフェンシュタールナチス・ドイツの勃興に果たした役割に言及することも忘れない。映画の天才たちは時として映像の強さ故に人々を邪悪な道に走らせもする。面白ければ、受ければいいわけではないのだなあ。映画のダークサイドにも触れている。
殺人の追憶 [DVD] オールド・ボーイ プレミアム・エディション [DVD] オアシス [DVD]  全編通して見て、最後に寂しかったのは、20世紀までは日本映画は世界史のなかでリード役となっているのだが、21世紀初頭の時代を象徴する注目の映画として紹介されていたのは韓国映画の3作品、「オアシス」「オールド・ボーイ」「殺人の記憶」だった。確かにテーマや映像表現で世界にインパクトを与えるような映画は減ってきているのかもしれないなあ。
リング (Blu-ray) ゆきゆきて、神軍 [DVD] ちなみに、このシリーズでは、原一男監督の「ゆきゆきて、神軍」、中田秀夫監督の「リング」が紹介されているから、日本映画を無視しているわけではない。映像表現、映画文法、テーマ性で映画の世界史にどのようなインパクトを与えたかを重視した選び方になっている。あの映画はないのか、というところもあるが、それ以上に、こんな映画があったのか、という発見が多く、ともあれ刺激的で面白い。
 このシリーズ、Amazonを見ると、DVD化はされていない様子。「ザ・シネマ」は「スカパー!on demand」というネット配信サービスに入っているが、「ストーリー・オブ・フィルム」全15回は2018年3月31日まで配信の予定となっている。。このシリーズをオンデマンドで見るためだけでも、スカパー!の「ザ・シネマ」を契約する価値がある(1カ月だけでも)。映画を勉強している人はもちろん、映画好きには必見。映画は広く、深いなあ。そして歴史の積み重ねの上に進化してきているのだなあ。
★ ザ・シネマ => http://www.thecinema.jp/
ストーリー・オブ・フィルム 第1回:映画の誕生 || 洋画専門チャンネル ザ・シネマ