マーシャ・ガッセン「完全なる証明」

完全なる証明

完全なる証明

 副題に「100万ドルを拒否した数学者」。100万ドルの賞金がかかったポアンカレ予想を解きながら、フィールズ賞も賞金も拒否し、数学の世界からさえ身を引いてしまったロシア人天才数学者グリゴーリーペレルマンルポルタージュ。なぜ天才数学者は最高の栄誉を忌避したのかを、その生い立ちから、関係者のインタビューを中心に追っていく(本人は取材拒否であることが最初に告げられる)。ペレルマン本人も興味深い人物だが、それ以上に関心をそそられるのは、ソ連社会におけるユダヤ人に対する差別と、それでいながらユダヤ人に依存する天才教育の実態。著者自身も、天才数学教室に入れれたユダヤ系ロシア人であり、それだけに生々しいレポートになっている。読み終わってみて、ペレルマンという天才を守り、育てたのは教師たちだが、教師たちの個性(ソ連の権力・権威と戦い続け、その半面、偏狭で非寛容となっていったような人達)が一方で、天才の妥協を許さぬ性格を強め、狭い世界に追い詰めていったようにも思える。同時に、数学というコミュニティの変質も一つのテーマになっているが、マネーをはじめ俗世間の波が押し寄せ、数学の世界が純粋な知の楽園でなくなってしまったことも、ペレルマンの生きる余地を奪ってしまったのかもしれない。「完全なる証明」はあっても、「完全なる社会」はないことを、ペレルマンは最後まで納得できなかったのかもしれない。
【参考】グリゴリー・ペレルマン
 ウィキペディアでは、http://bit.ly/c62F0s
 Wikipediaでは、http://bit.ly/a9hgIf