ジェイソン・フリード&デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン「小さなチーム、大きな仕事」

小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice)

小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice)

 「二つの大陸に散らばった十数人のメンバーだけで数百万人のクライアントを抱えるソフトウエア会社37シグナルズ」の創業者・開発者が書いた経験的ビジネス論。成長も拡大も、インターネット・ベンチャーお得意の「出口戦略」にも背を向け、「仕事中毒」も「徹夜」も「起業家」も、お呼びでない。計画するよりも、小さく早く始めて早く直す、実行が重要という。インターネットという良いインフラがあるのだから、これを利用して、顧客を見て、きちんと製品・サービスを送り出していけば、ビジネスは成り立つという。
 で、いくつか、抜き書きすると、こんな具合。

 新しい現実とは、今や誰でもビジネスができるということだ。かつて手の届かなかったツールは容易に手に入る。何千ドルもした技術はほんの数ドルか無料にすらなっている。ひとりで二つ三つの仕事、ときには部署全体の仕事ができる。数年前まで不可能だったことが今日では簡単だ。
 周に六〇、八〇、一〇〇時間もみじめに働く必要はない。週に一〇時間から四〇時間も働けば十分だ。貯金を使い切る必要も、めいっぱいの危険をおかす必要もない。いつもの仕事をしながらビジネスを始めることで、必要なキャッシュフローを得ることができる。オフィスすら必要ない。自宅でも働けるし、何千マイル離れたところに住む、一度も会ったことのない人たちとコラボレートすることもできる。

 で、ともあれ身軽であることが自由と成功を保証する。で、身軽さを損なうものとして、こんなものをあげる。

・長期契約
・過剰人員
・固定した決定
・会議
・鈍重なプロセス
・在庫(物理的なものであれ精神的なものであれ)
・変更できないハードウエア、ソフトウエア、技術
・長期ロードマップ
・オフィスの政治

 いずれも会社が大きくなると増えて行く。そして大きな会社は機敏な経営ができなくなってくる。
 もろもろのアドバイスがある。
「芯から始める」「初めのうち詳細は気にしない」「ツールよりも中身が大事」ーー形から入るって何でもあるよなあ。
 仕事中毒になってしまったり、組織が肥大化していくのは何でもやろうとするから。この本でも、小さなチームで効率をあげるには、やめたほうがいいものを考えることが大切という。で、こう問い直してみようという。

・なぜ行うのか?
・どういった問題を解決するのか?
・これは本当に役に立つのか?
・なにか価値を加えているか?
・それは行動を変えるのか?
・もっと簡単な方法はないのか?
・かわりに何をすることができるのか?
・本当にその価値があるのか?

 なるほど。会議も「最悪の邪魔者」とされ、これについても、効率的な運営方法の具体策が書かれている。このあたりは、37シグナルズの経営がベースに鳴っているので、実践的。
 問題解決についても、そこそこのものでいいという。問題は速く対応することとして、こんな例をあげる。

 政治キャンペーンの広告を見てみよう。大きな争点が飛び出すと、翌日には政治家はそれについての広告をテレビで流す。CMの質は低い。動画の代わりに静止画を使っている。派手な動きが付いたグラフィックではなく、平凡なテキストの見出しを使っている。音は画面外のナレーターによるナレーションのみである。にもかかわらずこの宣伝はこれで十分なのだ。広告を完璧なものにするために何週もかけていたら、それが出てくるのは遅すぎるだろう。洗練されているかどうかや品質よりもタイムリーであることがより重要な状況なのだ。

 で、ベンチャー、特にインターネット系になると、寝る間も惜しんで働くという印象があるのだが、この本では、それは間違っているといい、徹夜仕事の弊害をあげる。

 頑迷になる
 創造性の枯渇
 士気の低下
 短気になる
 間違った判断

 個人的な経験だと、寝ないで仕事を続けていると、みんな、ハイテンションになってしまうことがある。それが一種、昂揚感を生んだりもするのだが、「間違った楽観的な判断」を生み出してしまうことになるのかも。
 一方、コピー・模倣については

 模倣することによる問題とは、理解を飛ばしてしまうことだ。理解とはあなたが育てるべきものである。なぜあることが機能しているのか。またはなぜあることがそういう仕組みになっているのか。あなたは理解しなくてはいけない。ただコピーペーストすると、それが抜けてしまう。表面下にあるすべてを理解するかわりに表面だけを再利用しているだけである。
 最初の創作者が商品に注入した多くの仕事は目に見えない。表面の下に埋れているのだ。模倣者にはなぜその商品がそういう見た目や感じになっているのか、なぜそう書くことになったのかがわかっていない。模倣は偽の仕上がりである。それは理解をもたらさず、未来の礎にもならない。

 鋭いなあ。これは、他社を模倣するということだけではなく、自社の製品・サービスでも年月がたつと、同じことが起きてしまう。自分の会社の製品・サービスがなぜ、どのように生まれてきたかを知らない社員が増えてくる。「文明の野蛮人」だらけの会社といったらいいのか。
 続いて、組織論。会社を急に大きくすることの弊害について

 短期間に多くの人を雇うと「知人のいないパーティー」になってしまいがちだ。いつも新しい顔があるので皆が常によそよそしくなる。皆が対立や劇的な反応を避ける。「そんなアイディアはダメだ」とは誰も言わない。さしたる反対もなく、ただ平穏に事が進められるのだ。そうした状況から企業に問題が生じてくる。物事が厳しくなった時にも皆が率直に自分の意見を言えるような環境が必要だ。それがないと、人の感情を傷つけないが誰も愛さない商品を作ることになる。

 これも、わかるなあ。最後に面白かったのは、人材を採用するうえで「文章力」は大きな選考基準になるという話。履歴書も経験年数も学歴も役に立たないといっているのだが、「文章力」は決め手となるという理由は・・・

 文章力がある人はそれ以上のものを持っている。文章がはっきりしているということは、考え方がはっきりしているということである。文章家は、コミュニケーションのコツもわかっている。ものごとを他人に理解しやすいようにする。他の人の立場に立って考えられる。彼は、何をしなくていいかもわかっている。そんな能力こそ必要なはずだ。
 それに、最近また文章力は見直されている。今や、電話よりもメールや文章でのやり取りの方が圧倒的に多い。IMやブログでのコミュニケーションも増えている。現在、文章というのは良いアイディアを導く通貨なのだ。

 以上のように、薄くて、すぐ読めてしまう本だが、実践的に役立つ話がいくつも載っている。