堂目卓生「アダム・スミス」

 昨年出版され話題を集めた本だが、評判通り良かった。アダム・スミスに対するイメージが変わる。強欲も見えざる手によって富を生み、万民を豊かにするという自由競争・弱肉強食的な経済思想かと思ったら、実際のスミスの思想は違ったんだなあ。スミスといえば、「国富論」なのだが、「道徳感情論」と、ともに読み解くところに意味がある。目から鱗。そしてスミスの経済思想が今も生きていることがわかる。その思想体系の要点は・・・

 まず、スミスの思想体系は、私たちに人間を社会的存在としてとらえることの重要性を教える。人間が社会的存在であるとは、人間が他人の感情や行為に関心をもち、それらに同感されることを望む存在だということでもある。(中略)個人は自分が所属する社会で一般的に通用する「公平な観察者」を心の中に形成し、自分の感情や行為を胸中の公平な観察者が是認するものになるよう努力する。このような個人の性質が、正義の法の土台をなし、社会の秩序を形成する。

 野心は経済を成長させるが、一方で、野心は社会秩序を破壊し、繁栄の土台を崩すこともある。人間の「賢明さ」と、欲望への「弱さ」をスミスは知っていたという。だから・・・

 「賢明さ」は社会秩序の基礎をなす。一方、「弱さ」は社会の繁栄を導く原動力となるのであるが、そのためには、「賢明さ」によって制御されなければならない。制御されない野心や競争は社会の秩序を乱し、結果として、社会の繁栄を妨げることになる。(中略)人間が社会的存在であるということは、人間の「賢明さ」の原因であるとともに、「弱さ」の原因でもあるのだ。

 なるほどなあ。もうひとつ、富について・・・

 富の主要な機能は、人間を生存させ、繁殖させ、その生活を便利で安楽なものにすることである。しかしながら、スミスは、富の中に、それ以上の機能を見出していた。それは人と人をつなぐという機能である。
 スミスにとって、市場は富を媒介にして見知らぬ者どうしが世話を交換する場であった。人間は市場を通じて、自分に特別な愛情をもっている人以外の人からも世話を受けることができる。市場における交換は、相互の同感にもとづいて成立する。

 これまた、なるほど。同感は信頼であり、信用ともいえるかもしれない。で、最後に・・・

 第三に、スミスの思想体系から学ぶことができるのは、富の機能、つまり人と人をつなぐ富の機能を十分生かすことができる経済システムを構築することが望ましいということである。スミスにとって、それは自由で公正な市場経済のシステムであった。健全な市場経済は、国内市場を拡大し、経済成長を最大にし、貿易を促進する。そして、その結果、人と人とのつながりを拡げ、すべての人を富ませることができる。

 こうした思想を、米国独立戦争の最中、帝国主義植民地主義の英国で語っていたところに偉大さがあるのだろうな。英国は米国の独立を認めるべきであり、それが両者にとって利益になると、スミスは考えていたという。
 スミスの思想体系は現代でも通用する。徹底した思考は、真理に近づくのだなあ。経済学は「cool head, warm heart」の学問というけど、スミス本人がそういう人だったのだな。富や地位で人間は幸福になるのか。スミスは、心の平静こそ、幸福と信じていたという。どんなに富を得て、どんな地位を求めても、心の平静を得られないとスミスは書いていたのだそうだ。チャップリンは、人生に必要なのは「courage,imagination and some money」と言っていたけど、スミスも同じ考えだったかもしれない。
 「道徳感情論」と「国富論」を読んでみようか。この本でも指摘されているが、「国富論」の原題は「Wealth of Nations」。nation(単数)ではなくて、nations(複数)だったのだなあ。「諸国民の富」という言い方もあったもんね。一国主義ではなく、諸国として経済を論じたところにも、スミスの新しさがあったのだなあ。ともあれ、アダム・スミス再発見の本。