ハロルド・ウィンター「人でなしの経済理論」

人でなしの経済理論-トレードオフの経済学

人でなしの経済理論-トレードオフの経済学

 山形浩生氏の翻訳というところに惹かれて読み出したのだが、これが面白かった。原題は「TRADE-OFFS」で、副題に「トレードオフの経済学」。人命の価値、臓器売買、日照権製造物責任著作権などなど、経済学の立場から費用と便益を計算して考える。小飼弾氏が「弾言」で書いていたように、「いいか悪いか」ではなくて「ナンボ」で考える。政策決定にあたっての理論であると同時に、米国は、制度や法を、こうした視点から考えるのだな、ということがわかる。ケーススタディで語られるので、米国の思考法理解に最適。
 たとえば、社会問題の解決にあたってのステップとしては

ステップ1:目下の問題ある理論的なトレードオフを見極めよう。
ステップ2:できればトレードオフを実証的に測って、費用と便益のどちらが大きいかを見極めよう。
ステップ3:これまでのステップを元に、社会政策を提言(または実施)。

 これが公共政策分析のステップということでもあるらしい。例えば、著作権では、知的財産創造のためのインセンティブとして「著作権」を提供するわけだが、以下のような要因がある場合には、著作権保護を支持する論拠は弱くなると言う。

・コピーの品質が悪いとき
  (オリジナルの完全な代替品にならない)
・コピーに時間かかるとき
 (時間差があれば、生産者は当初の固定費を回収して有り余るかも)
・コピーの費用が高い
 (複製の変動費が、オリジナルを作る変動費より高いことも)
・コピーのおかげで元の製品の価値が上がるかもしれない
 (コピー用でもオリジナルの需要を増えれば、オリジナルは値段を上げられる)
・知的財産を創る動機は金銭以外にもある
 (多くの著者やアーティストは、創造そのものを楽しみに知的財産を創る)

 こうした要因を考え合わせながら、著作権保護が判断されることになるという。音楽業界はカセットやMDへの録音は認めたが、ナップスターは認めなかったし、司法の判断も同様だった。一方で、図書館での雑誌・書籍のコピーなど、著作物には司法も認めるフェアユースという概念がある。

 フェアユースは、個人が著作権作品を合法的にコピーできるとしている。そのコピーがフェアユースかどうかを判断するのに法廷が使う基準はいくつかある。
 1.その理由の目的と性格、たとえばそれが商業目的か、非営利の教育目的かなど。
 2.著作権作品の性質。
 3.著作権作品全体から見て、そのコピーされた部分がどのくらいの分量でどのくらいの重要性を持つか。
 4.その著作権作品の潜在市場や価値に対してそのコピーがどれだけ影響するか。

 なるほどなあ。こうした視点で米国は考えるのか。デジタル時代の著作権のベースで、どういう考え方が基準になっているのかーー少なくとも法廷なり議会なりに持ち出されたとき、どんなルールで議論されるのか、わかるなあ。この費用便益分析というのが基礎にあるのだなあ。