ニコラス・G・カー「クラウド化する世界」

クラウド化する世界~ビジネスモデル構築の大転換

クラウド化する世界~ビジネスモデル構築の大転換

 ニコラス・G・カーはかつて「ハーバード・ビジネス・レビュー」に「IT Doesn't Matter」という論文を書いて、論争を呼んだ人。そのカーがクラウドについて語る。電力が自家発電、地域発電から広域の中央配電方式に変わったように、コンピューターはブロードバンドの普及とともにユーティリティとして提供されるようになる。クラウドの時代だ。ニコラスという人は、ITに否定的な人、あるいはIT嫌いな人かと思ったら、そうではなかった。今回の本では、ITのことも知ったうえで、クラウドの可能性を議論している。電力の歴史と重ね合わせて語っているところが面白い。ただ、ITやインターネットについて全て楽観的に考えているわけではなく、暗黒面、懐疑的な側面も書いている。ともあれ、事例が豊富で面白い。仮想化については・・・

 仮想化のおかげで、企業はーー言い換えると、企業に奉仕するユーティリティはーーメインフレーム時代の特徴だった高い設備稼働率を回復し、同時にパソコン時代以上の柔軟性をも獲得した。仮想化は、メインフレーム時代とパソコン時代両方の、最大の長所を提供するのである。

 なるほどねえ。で、仮想化であったり、クラウドの普及は、バージョンアップを前提としたコンピュータービジネスに変化を迫る。ビル・ゲイツの引退について、こう書いたりもしている。

 ゲイツをはじめとする、PC時代を担った偉大なソフトウエアプログラマの時代は終わった。コンピューティングの未来を担うのは、新しいユーティリティ事業者たちなのだ。

 こういう書き方をするから、IT業界の神経を逆なでしてしまうんだろうなあ、この人は。「IT Doesn't Matter」のときみたいに。しかし、2005年にビル・ゲイツマイクロソフト社内に、クラウドを警告するメールを出していたというのは、この本で初めて知った。ネットスケープが株式を公開した1995年頃、インターネットは津波だ、という警告メールを出したことを想起させるなあ。やっぱり、クラウドはITの世界を変えてしまうんだろうなあ。
 それと、もうひとつ、印象に残ったのは、Googleの究極の目的は、人間の頭脳に直結する人工知能を開発することと指摘した部分。そこに今、物議を読んでいるブックサーチ問題も絡んでくる。Googleの技術者の話を紹介した、こんな一節がある。

 (技術史の専門家であるジョージ・)ダイソンはある技術者と話し込んだ。話題は、論争の的となっている同社の計画、世界中の図書館のコンテンツをスキャンしてデータベースに取り込むという計画だった。「我々は人に読んでもらうために本をスキャンしているんじゃありません」と、その技術者は言った。「AIに読ませるためにスキャンしているんです」

 いかにも、Googleっぽい話だなあ。旧来メディアの商売を奪おうとしているという話よりも、すべての本をコンピューターに読み込ませて、人工知能をつくろうとしているっていう話のほうが、Googleの理想主義というか、テクノロジー原理主義的狂気というか、ともあれ、Googleっぽい。
 原題には「クラウド」という文字はなく、「THE BIG SWITCH: Rewriting The World From Edison To Google」だった。ビジネス論としても、社会論としても、文化論としても面白い本だった。