ローレンス・ライト「倒壊する巨塔」

倒壊する巨塔〈上〉―アルカイダと「9・11」への道

倒壊する巨塔〈上〉―アルカイダと「9・11」への道

倒壊する巨塔〈下〉―アルカイダと「9・11」への道

倒壊する巨塔〈下〉―アルカイダと「9・11」への道

 副題に「アルカイダと「9.11」への道」。「アルカイダ」のビンラディンザワヒリ、FBIのジョン・オニールを軸に、イスラム原理主義がどのように生まれ、アルカイダのような国際テロ組織となり、9.11に至るのか。一方で、米国の情報コミュニティがなぜ、事件を未然に防ぐことができなかったかが、丹念に追ってある。米国人ジャーナリストの作品だが、イスラム世界の変化についても淡々とレポートする。ビンラディンザワヒリも単なる悪役として描くのではなく、なぜ、あのような性格になっていったのかを、その家系もたぐりながら、追っていく(ザワヒリは、エジプトで逮捕されたときに、筆舌に尽くしがたい屈辱的な拷問を受け、それから性格が変わったとか)。ノンフィクションの教科書のような本。最後に付いた取材リストも膨大。そのバックがあって、これだけのものができるんだなあ。アルカイダの訓練所で、フライト・シュミレーターとハリウッド映画を見ながら、9.11の訓練をしていたなどというところは、漫画のようであり、その漫画的風景が現実であるところに怖さがある。
 キリスト教ユダヤ教との共生に寛容だったイスラムが、なぜ原理主義のような極端な排外主義になってしまったのかは不思議だったのだが、この本を読んで、その背景にナチスがあったことを知る。

 現在中東地域の政治・社会を歪めている「反ユダヤ」の風潮は、じつは第二次世界大戦が終わるまで、イスラムの側にはほとんど存在しなかった。従順な態度を貫いているかぎり、ユダヤ人は、1200年にわたるイスラム支配のもとで安全に暮らし、完全なる宗教的自由を享受していた。ところが、一九三〇年代になると、この地域のキリスト教伝道団による虚偽宣伝に、アラビア語短波放送を使ったナチス・ドイツの宣伝工作が加わり、西洋人が昔から抱いてた反ユダヤの偏見に、この地域も汚染されるようになっていく。戦後、カイロはナチス党員にとって一種の禁猟区となり、彼らはエジプトの軍隊や政府の顧問をつとめるようになった。イスラム主義運動の台頭は、ファシズムの退潮と軌を一にしている。この両者はエジプトにおいて重なりあっており、病原体は新たな感染者へと移っていったのだ。

 ナチスは罪作りだなあ。これに、イスラエル建国が加わり、さらにユダヤ人感情が変わっていくのだなあ。特に、中東戦争で最終的にイスラエルが圧勝したことで、イスラムはさらに鬱屈していく。ともあれ、上・下2冊の分厚い本だが、読みでがあり、この本がピュリツァー賞も取ったのも、なるほどと思う。