津野海太郎「したくないことはしない」

したくないことはしない

したくないことはしない

 副題に「植草甚一の青春」。植草甚一というと「ファンキーじいさん」のイメージで、若いときの印象がない。仙人のように最初から枯れていた感じで、どんな人生を辿ってきたかといわれると、確かに謎。この本は、晶文社で植草ブームをつくった一連の書籍の編集者であった津野海太郎氏が植草甚一の半生を追ったもの。植草甚一の青春記であると同時に、東京のヒストリーであり、若者文化の歴史書でもある。第1次大戦の戦争景気に湧いた大正と、昭和元禄といわれた1960〜70年代には、都市を中心とした消費文化という共通項があったとか、新鮮な視点。加えて、アバンギャルド、アングラの時代という共通項も。そうした時代環境の上で、植草甚一という個性が輝いたのか。なるほど。昭和初期の一時期と戦後復興が終わった60〜70年代に突如、若者文化の教祖となったのも納得できる。時代がぐるっと回ったわけね。映画やジャズ、ミステリーの評論家というイメージが強かったのだが、書籍収集家であり、在野の学者みたいな人だったんだなあ。それと、コラージュこそ、植草甚一だったんだなあ。昭和初期の若い頃からコラージュをしていた人とは知らなかった。
 植草甚一が自分の先生としていたのは次の3人だったという。堀口大學飯島正村山知義。堀口、飯島は知っていたが、村山という人は、この本で初めて知った。なかなか変わった前衛芸術家のようで、この人の影響を植草甚一は濃厚に受けている様子。また、植草が早稲田大学中退というのも初めて知った。この本を読んでいると、小林信彦の「私説東京放浪記」や「日本橋バビロン」を読んでみたくなる。こちらは、東京という街の歴史を辿るために。