アンソニー・サンプソン「マンデラ」

マンデラ―闘い・愛・人生

マンデラ―闘い・愛・人生

 「セブン・シスターズ」「兵器市場」など経済ノンフィクションで有名なアンソニー・サンプソンによるネルソン・マンデラの伝記。サンプソンは1950年代に南アフリカで記者をしており、その当時からマンデラを知っていたというのが意外だった。副題に「闘い・愛・人生」。この本では、マンデラが釈放されてから、南アフリカ初の自由選挙で大統領に選出され、引退するまでを公私にわたって描かれる。
 マンデラというと、アパルトヘイトに抵抗し、27年間の獄中生活を送った闘士としての経歴をまず最初に思い出すのだが、この本を読むと、27年の獄中生活を耐えたこともすごいが、それ以上にすごいは、27年もの間、自分を牢獄に閉じ込めた人を許し、ともに国を築いたことだ。個人崇拝の対象となりながら、独裁者にもならず、黒人が多数派となっても、ジンバブエローデシア)のように白人を排除せず、インド・パキスタンのような国家分裂もなく、部族間の内戦も民族の浄化も発生しなかった。
 政権移行の過程で、部族、軍・警察のアパルトヘイト勢力、さらには反アパルトヘイトの民族会議派によるテロや衝突のために、多くの死傷者が出たし、最近のワールドカップで話題になっているように南アの犯罪発生率も高い。しかし、厳しい環境の中でも、反対派の頭数(票)を数えるのではなく、頭を叩き割るというような野蛮な反民主主義国家にはならなかった。教科書的には当たり前のことだが、現実には、これは稀有な例だ。アジア、アフリカ、どの独立国を見ても、マンデラが成し遂げたことがいかに難しいかがわかる。
 マンデラは大統領就任に就任すると、その政権に、アパルトヘイト政策をとってきた白人政権の政治家、英国の超保守派の支援を背景に分離活動に走ろうとしていた部族のリーダーを大臣にしている。海外からの介入を排除し、自分たちの手で国をつくる。それもかつての対立を越えて、自分を苦しめてきた敵までをも飲み込む。現在の南アフリカは、マンデラがいなければ、成立しなかった。それだけの存在なのに、国家を私物化するような独裁者にもならず、1期で大統領を退任してしまう。
 もっとも聖人ではなく、夢のようなことをいう一方で、徹底したリアリストでもあった。保釈後は暴力を否定し平和的な抵抗運動を基本としつつ、民族会議の武装解除は最後まで拒否する。必要とあれば、暴力の行使も辞さないという。人種・部族対立を煽る勢力との対立、マンデラと白人政府の対話路線を妨害しようとする体制内の第三勢力の挑発・残虐行為などに対しては暴力で自衛することを宣言しなければならない事情もあったし、長年の抑圧に対し暴力による政権打倒を主張する黒人勢力のなかの強硬派、過激派を抑え、内部に取り込むためのマッチョな発言をしなければならないという事情もあったのだろう。いずれにせよ、マンデラガンジーを尊敬しながらも、ガンジーではなかった。このあたりは弁護士出身らしいバランスをとった組織運営であり、現実主義者だったのだろう。
 ただ、この本、南アフリカに関する知識があることを前提としているためか、あるいは、訳文が悪いのか、少々読みづらかった。それでも、ネルソン・マンデラという人物の偉大さがわかる本だった。マンデラの芸能人好きとか、二番目の夫人との確執といった話についても書かれているが、ともあれ、成し遂げたことが尋常ではない。明治維新の偉人たちが天皇も含めて、ひとりの人格の中に凝縮されているような人物がマンデラなのかもしれない。マンデルはエリザベス女王と会っても、臆するところがなく、面会者は品格を感じたという。それはマンデラが族長の家柄だったためらしい。族長にして弁護士、情と理、warm heart と cool head の人だったのだろう。