キャメロン・クロウ「ワイルダーならどうする?」

ワイルダーならどうする?―ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話

ワイルダーならどうする?―ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話

定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー 副題に「ビリー・ワイルダーキャメロン・クロウの対話」。ビリー・ワイルダーは「麗しのサブリナ」「お熱いのお好き」「アパートの鍵貸します」で知られた名監督。一方、ビリー・ワイルダーの大ファンであるキャメロンは、トム・クルーズ主演の「ザ・エージェント」を撮り終え、「あの頃ペニー・レインと」を準備中のときに、このインタビューの機会に恵まれたらしい。
 監督が監督にインタビューして、映画作りの秘密を聞き出す本といえば、まず思い出すのが、フランソワ・トリュフォーアルフレッド・ヒッチコックに全作品の創作の過程をインタビューした「映画術」。この本も、映画術のワイルダー版ということを明確に意識して企画された。ただ、ヒッチコックがひとつひとつの作品について映画の技法について語るのに比べ、ウィーンに生まれ育ち、ベルリンでワイマール文化の空気を吸った欧州大陸型文化人のワイルダーは、そうしたことを語ることにシャイなのか、あるいは既に高齢だったためか、それぞれの作品について、あまねく語るわけでもなく、詳細な映画術とはなっていない。話は行ったり来たりして、重複もある。それでも、ハリウッド映画黄金時代の表裏が垣間見え、また、キャメロンのワイルダーに対する愛情も感ぜられて、面白く、楽しい本だった。
アパートの鍵貸します [DVD] 読み終わってみると、ワイルダーの黄金期は1950年代だった。50年に「サンセット大通り」、51年「地獄の英雄」、53年「第十七捕虜収容所」、54年「麗しのサブリナ」、54年「七年目の浮気」、57年「翼よ!あれが巴里の灯だ」、57年「昼下がりの情事」、58年「情婦」、59年「お熱いのお好き」と来て、60年に「アパートの鍵貸します」となる。ワイルダー自身も「アパート」が頂点だったというように、アカデミー賞の作品・監督・脚本賞を総なめにした、この作品のあとは生彩を欠く。このあたりは晩年、「フレンジー」で奇跡の復活を果たしたヒッチコックと違う。「サンセット大通り」のように当時のハリウッドの枠を越える作品を作りながらも、最終的にはハリウッドのスタジオ・システムの中で輝く人だったのかもしれない。死ぬまで映画を撮り続けることができたヒッチコックは幸せな人だったんだな。
 しかし、ハリウッドの黄金時代とあって登場する俳優は豪華。遅刻の常習者で短い台詞もとちるマリリン・モンローには相当、手を焼いたが、待っていれば必ず見せてくれる輝く才能を評価している。男優の大のお気に入りはケーリー・グラントだったが、一度も出演してもらえず、出演陣では、ジャック・レモンウィリアム・ホールデン、チャールス・ロートンに対する評価が高い。女優では、オードリー・ヘップバーンに対する評価が突出して高く、シャーリー・マクレーンもお気に入り。マレーネ・ディートリッヒは別格といった感じ。本の中には撮影現場やパーティのスターの写真が数多く紹介され、これも楽しい(ワイルダーオードリー・ヘップバーンとダンスしている場面も)。
 一方、最近の映画(といっても、これは99年の本だから、90年代の映画だが)では、周防正行監督の「Shall we ダンス?」が「大好きな映画。すばらしい映画」と激賞され、米国映画では「フォレスト・ガンプ」が大のお気に入り。反対に「タイタニック」に対する評価はきわめて厳しい。古いハリウッド人としては、超予算オーバーで、2つの映画会社を巻き込んだことも気に入らない風だった。
ハート(紙ジャケット仕様) 本編と関係ないのだが、面白かったのは、ワイルダー夫妻とキャメロン・クロウ夫妻が夕食をとることになり、そこでロック嫌いのワイルダーが、ロックのどこが面白いのかと言い出し、クロウが説明するというエピソード。クロウは「ローリング・ストーン」誌の記者だった。で、この本の中では説明されていないのだが、クロウの夫人は、姉妹ロックグループ「ハート」のブロンド美人ギターリスト、ナンシー・ウィルソン。なかなか見物のディナーだったんだろう。
 最後に、ワイルダーからシナリオライターに与える助言も紹介されている。それは以下のような具合。

 1.観客は移り気である。
 2.観客の喉元に食らいつき、絶対に離さぬこと。
 3.主人公の行動は直線的にすっきり展開させること
 4.どこに向かっているかつねに心得ておくこと
 5.ストーリーポイントを隠す手際が巧妙で、あか抜けていればいるほど、優れたライターである。
 6.第三幕で行き詰まるのは、第一幕に問題があるからだ。
 7.ルビッチからの助言ーー答えは観客に出させること。そうすれば放っておいても観客の心を虜にできる。
 8.ナレーションは、観客の目にしていることを語ってはいけない。新しい何かを語ること。
 9.第二幕の幕切れはエンディングに直結する。
10.第三幕はテンポにおいてもアクションにおいても最後の瞬間までたたみかけること。最後の瞬間までくれば・・・
11.それでおしまい。すぐに切りあげる。

 ワイルダーは脚本の名手でした。ワイルダーの映画には決めの台詞がある。記者出身のワイルダーは言葉の監督で、その点、デザイナーから仕事を始めたヒッチコックは映像の監督で、かなりスタイルが違う。ふたりとも好きだけど。