柿崎一郎『物語 タイの歴史』
- 作者: 柿崎一郎
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2007/09/01
- メディア: 新書
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第1章 タイ族国家の勃興 ---- 古代〜16世紀後半
タイ族の起源 タイ領での政治権力の発生
スコータイ朝 アユッタヤー朝の成立
第2章 マンダラ型国家の隆盛 ---- 16世紀末〜19世紀前半
アユッタヤー朝の復興 アユッタヤーの繁栄と凋落
トンブリーからバンコクへ ラッタナコーシン朝の繁栄と対立
第3章 領域国家の形成 ---- 開国〜不平等条約の改正
タイの「開国」 領域の縮小
タイの近代化 国債社会への登場
第4章 シャムからタイへ
立憲革命 ピブーンと失地回復
第2次世界大戦への「参戦」 「敗戦国」からの脱却
第5章 国民国家の強化 ---- 戦後復興期〜1980年代
西側陣営のタイ 「開発」の時代
民主化とその反動 国民国家の安定
第6章 「先進国」をめざして ---- 1990年代
二つの「危機」 タックシン帝国の興亡
インドシナの「先進国」へ
タイは「世渡り上手」と筆者はいう。欧州列強の植民地にならずに済んだのは、オランダが出てくれば、フランスを利用する。また、19世紀には、フランスがインドシナを植民地化、英国はビルマ(ミャンマー)、マレー半島を植民地化するのだが、その間にあったことが二つの英仏両帝国の緩衝地帯として、日本と同じように不平等条約を強いられたものの、独立を守ることを可能にする。なるほど、改めて地図を見て、その地政学的な幸運さに気づく。
加えて、西欧文明を理解した国王を持っていたことが、その幸運を活かしてくれる。それが「王様と私」に出てくる英国人家庭教師に教えられた王子だったチュラロンコーン王というのも、なるほどと思う。ただし、あのミュージカルでは未開人扱いだったが、本当の王(モンクット王)は教養豊かなインテリだったらしい。英国とフランスを牽制させつつ、ドイツと近づいたりもしていたらしい。
これ以外にも「へえ」と思ったのは、タイは第1次世界大戦に参戦していること。戦争の帰趨を見た上で、連合国側で戦い、戦勝国に名を連ねている。第2次大戦では、破竹の勢いの日本側につき、英米に宣戦布告するのだが、このとき作為的にどうか、手続きに不備があり、日本が劣勢になると、宣戦布告は失効という立場をとる。さらに米国で「自由タイ」運動をしていた親米派の人を首相にする。英国との間には戦争中に問題もあったので、米国を頼ったというわけ。そして、戦後、インドシナがベトナム、ラオス、カンボジアと共産主義勢力との戦場と化す中で、自由主義の牙城として、さまざまな援助を享受する。敗戦国側だったのに、いち早く国連に復帰、反共ということで、英米に宣戦布告した当事者の首相も1947年には復権、1948年には首相に返り咲いてしまう。しかも、クーデターで。このあたり国際情勢を読み、「世渡り上手」。
タイの経済成長は、プラザ合意後の円高による日本をはじめたした各国のタイの生産拠点化、そしてベトナム、カンボジア、ラオスの戦争終結により「インドシナを戦場から市場へ」(チャーチャーイ首相)という近隣諸国の経済拡大が貢献しているという。
タックシンの評価については、都市と地方の格差是正を評価しつつも、一党独裁体制をつくろうとする強権政治、腐敗については厳しい。タックシンは、ばらまき政治をしたといわれるが、国民に夢を売るための思いつきのような政策を「売夢政策(ナヨーバーイ・カーオ・ファン)」といったそうだ。我が国の民主党のことを思い浮かべてしまう。ともあれ、経済成長の結果、グローバリズムで反映する都市と1次産業に依存する地方との格差という構造問題は根深いだけに、タックシンを軸とした対立を解決することはなかなか難しそう。今年の流血の事件の背景が理解できた。
ともあれ、知っているようで知らないタイを知るのに絶好の本。コンパクトな新書であるところがいい。