ジェームズ・オーウェン『ヘッジファンド投資入門』

ヘッジファンド投資入門―「不確実性」と「不安定性」から利益を上げる法

ヘッジファンド投資入門―「不確実性」と「不安定性」から利益を上げる法

 副題に『「不確実性」と「不安定性」から利益を上げる法』。個人投資家向けのヘッジファンド入門書。実際にヘッジファンドに投資したいと思っている人向けの本だが、そんな資産家でもないだけに、ヘッジファンドの仕組みを知るために読んでみた。結論からいうと、面白かった。
 以前、ヘッジファンドの概説書を読んだ時も思ったのだが、ヘッジファンドは現在の戦四国の経済状況から生まれたきたものだと改めて思う。経済が成長しない世界、市場の変動が極めて高い世界。「不確実性」と「不安定性」が増す世界で、成長株やバリュー株(割安株)の「バイ・アンド・ホールド」は言うやすくして、実行するのは難しい。そこで分散投資という話が出てくるのだが、その代表ともいえる投信について、この本では、ベンチマークを基本としたプルーデントマン・ルール(思慮深い投資家の原則)の結果、資産が増えようが、減ろうが、S&Pなどの指数(日本だとTOPIXとか日経平均だろうが)に勝っていれば、OKという運用者の官僚主義をもたらしているという。個人投資家にとっては資産の絶対額の増加。そうしたところから伝統的な株や債券の買い持ちとは違う運用手法で、資産の拡大を図るヘッジファンドが出てきたというのは、よくわかる。
 加えて、ヘッジファンドと一言で言っても、その運用手法は様々で、いくつものタイプがあること。また、投資にするにあたっての注意などを詳細に解説している。当然、米国の投資家を想定して書いているので、最後の訳者解説で、日本の投資家向けの情報が補足されている。読みやすいし、ヘッジファンドを理解する上で参考になった。
 で、目次で内容をみると...

第I部 なぜ保守的な投資家に向いているのか?
 第1章 伝統的な投資運用法は間違っている
 第2章 既存の投資運用が投資家ニーズを満足させられない理由
 第3章 急速に関心を高める代替投資
第II部 ヘッジファンドは何を提供できるか?
 第4章 ヘッジファンドとは何か?
 第5章 運用成績を見る
 第6章 戦略を絞り込む
 第7章 どんな状況にも左右されない運用戦略
第III部
 第 8章 投資にはいくら必要か?
 第 9章 情報をどこから手に入れるか?
 第10章 最適なヘッジファンドの選び方
 第11章 投資条件を確認する
 第12章 投資を継続してフォローする
 終 章 ヘッジファンドは保守的なアプローチである

 最後の第III部は投資にあたっての具体的なノウハウで、ここは全体のまとめでも終章を除いて読み飛ばしてしまった。お勉強としては第I部と第II部と終章を読めば、いいと思う。
 印象に残ったところを抜書きすると...

 過去において、伝統的な資産運用が成果を上げたことを否定する人は少ないだろう。しかし、現在の新しい秩序に直面して、もはや伝統的な資産運用は機能していない。「バイ・アンド・ホールド(買い持ち)」や「分散投資による安全性」等、かつて真実とされていた概念が、もはや当てにはならない。
 打撃を被るのは、いつも投資家である。投信評価会社のモーニングスター社によると、1990年代後半において、S&P500社平均(以下、S&P500)を上回る成績を上げた分散投資タイプのミューチュアル・ファンドは、全体のわずか7パーセントにすぎなかった。つまり伝統的な資産運用は、「市場平均を上回る」という暗黙の約束を果たしていないのである。その事実に対して多くの投資家は、「積極運用の手数料に見合う利益を本当に得ているのか」という疑問を抱いている。

 この本は、2000年に書かれたものだが、今でも事情はあまり変わらないのではないか。当然、日本でも。
 次に相場の変動が激しくなった現代の運用について...

 上昇相場で相対的に優れた運用成績を上げ、同時に下落相場でも優れた絶対収益を残すことはできない相談だ。これら二つの目標は、完全に異なる投資手法と考え方を必要とするのである。この二者択一のトレードオフを受け入れる決心をすれば、自分の立っている位置が見えてくる。まず何よりも大切なのは、1年を通じてマイナスの収益を出さないことだ。さらに、上昇相場での大きな収益をあきらめ、相場がひっくり返ったときに大きな損失を出さないようにする。簡単に言えば、常に相対収益を追求するよりも資産の保全を選ぶことである。

 相対収益とは、市場平均をベンチマークとした投資運用。それよりも資産保全を優先する考え方から「ヘッジファンド」が生まれてきたという。なるほど。
 次にポートフォリオ理論について

 多くの研究者が、市場はきわめて効率的であるとも結論した。これは、金融市場が決済や事務処理を効率的に行なっているという意味ではなく、株価に影響を及ぼし得る入手可能な情報のすべてが、すぐに株価に反映されるという意味である。これが本当ならば、ファンダメンタル分析にはあまり価値がないことになる。というのは、基本的には玄人筋の投資家はみな同じ情報ソースから同じ情報を得ているので、みなが共有する知恵を駆使してなされた投資からは特別な結果を生み出すものは得られないと考えられるからだ。
 投資運用者は「勝ち組」の株を予測することはできないという事実を明らかにすることによって現代ポートフォリオ理論の信奉者たちは新しいパラダイムを提供した。つまり、投資のカギとなる重要な要素は、個々の投資案件を選ぶことではなく、広く分散投資をする投資戦略をとることにあるというのである。言い換えれば、正しい個別株に投資することよりも、正しいアセット・クラスに投資することのほうがはるかに重要である。

 なるほど。そして、この手法が突き詰められ、専門化していった結果...

 困ったことに、投資スタイルが非常に厳格になったため、運用者が絶対値で見て良い運用成績を出すことよりも、与えられたアセット・クラスやスタイル・カテゴリーを守り抜くことのほうが重視される。従来の運用者には、市場の変化に応じて投資スタイルを変えることが基本的にできない。その理由は、アセット・アロケーションが台なしになってしまうのを恐れるからである。このように、良かれ悪しかれ、運用者にはその専門分野から離れる余地はない。もしそれで運用成績が悪化しても仕方がない。その投資スタイルがうまく回らなければ、運用者は辛抱強く好機が訪れるのを待つのみである。

 こうした官僚主義化は、日本の大企業のお家芸かと思ったら、ウォールストリートでも変わらないのだな。
 結局、ポートフォリオ理論の信奉者たちは、市場の効率性に対する信仰にあるのだが、この点については、こんな話が...

 しかし、市場には非効率性も多く存在するため、これを利用して儲けたいと思う投資家、特に大手機関投資家に比べて資金が少ない投資家にとっては、十分な収益が存在している。これをたとえて、ウォーレン・バフェットは「もし市場がいつも効率的なら、いまごろ私は道端でブリキの缶を前にして座っていただろう」と述べたことがある。

 バフェットらしい言い方。
 最初のヘッジファンドは、1949年1月にアルフレッド・ウィンスロー・ジョーンズが開発したものだという。この人、ハーバード大学を出た後、蒸気船のパーサー、外交官、ジャーナリストなど幅広い仕事をし、ファンド運用者となった直接のきっかけは「フォーチュン」の編集者時代に、市場動向予測の調査をしたことらしい。このヘッジファンドは、割安株を買い持ち、割高株を売り持ちするもので、そのバランスの取り方が革新的だったらしい。
 では、最後にヘッジファンドが伝統的な運用会社と異なるポイントをまとめると...

(1)高い絶対収益の達成を目指す
(2)証券市場は高度に効率的であるする考えを認めない
(3)リスクに対する態度がまったく異なる
(4)ずば抜けた収益率を実現する
(5)柔軟性のある投資スタイルを用いる
(6)損失を出さないことに集中する

 また、ヘッジファンドの種類としては、ラマ・ラオとジェリー・J・シラギによる、こんな分類と定義があるという。

投資スタイル 定義
マーケット・ニュートラ 50%買いポジション、50%売りポジション
CBアービトラージ 転換社債を買い、現株の売り
グローバル・マクロ 世界のマクロ経済を注視
グロース 銘柄の売上げ、収益の潜在成長力に注目
バリュー 割安銘柄に注目
セクター 経済・産業セクターに注目
破綻証券 倒産・リストラ企業が発行する証券への投資
エマージング・マーケット 発展途上国の株、債券へ投資
オポチュニスティック 市場トレンドの事象に注目、短期のトレーディング中心
レバレッジ債券 レバレッジを使って利付債へ投資
ショート・オンリー 売りポジションのみ

 いろいろとあるもんだ。ジョージ・ソロスは「グローバル・マクロ」、ジム・ロジャーズは「エマージング・マーケット」型だろうか。このほかにも、商品を組み合わせたものもあるのだろう。