金勇茢『サムスンの真実』

サムスンの真実

サムスンの真実

 以前、雑誌「FACTA」の記事で、サムスン内部告発した元役員がを書いた本が韓国で出版されて話題になっているという話を読んだ記憶があったのだが、それが日本でも出版されたのを知って、読んでみる。これが面白かった。著者は、韓国の特捜検事からサムスンに転じた変わり種。裏金、贈賄、ファミリーの資産増殖のためのグループ企業上場などといった内部告発の内容もさることながら、個人的にはサムスングループの経営の中枢と言われる会長秘書室の要職にいた人物が書いた経営レポートとして面白かった。
 以前、サムスンについてちょっと興味を持って調べたことがあり、そのとき、グループの司令塔としての会長秘書室に興味を持った(その後、もろもろの経緯で名前は構造調整本部に変わったそうで、本によっては「構造調整本部」。この本でも両方の名称が出てくる)。サムスンのマネジメントに関する研究書を読むと、必ずといっていいほど、この組織の話がよく出てくるのだが、内部にいた人が書いた本は珍しいんじゃなかろうか。
 で、内部の人、それも役員として、その中枢にいた人だけに、会長秘書室/構造調整本部に関する話が面白い。会長秘書室では財務チームが一番、権力を持っていて、そのなかでもグループのルーツといえる第一毛織の経理課出身者が力を持っているなどといった人脈の話とか、グループ会社の社長よりも会長秘書室の課長のほうが強いとか、本社からグループ会社に送り込まれた管理担当は時として社長よりも強いとか(管理担当は会長秘書室と直結しているので)、サムスンの企業構造を知る上で興味深い話が出てくる。日本の会社でも、どの部署の人が出世するなどといった、その会社独自のエリートコースがあったりするのだが、サムスンのそうした筋が何となく見えてくる。
 また、能力主義を進め、業績連動型の報酬制度にした結果、人事よりも各社の業績を評価・監査する財務のほうが力を握るようになったなどというのは、ありそうな話だなあ。監査の時は社内不倫から調べるという話も出てくる。社内不倫するような管理職は不正を犯しやすいという理由らしいのだが、なるほどと思ってしまうところも…。もろもろサムスンの経営を垣間見ることができるし、いまや世界に冠たる最強のエレクトロニクス企業ではあるのだが、かなりトホホな部分もある(役員が芸能人・女子大生買春クラブ事件で捕まりそうになったとか...)。まあ、日本の会社が強かったときも、その会社の人から社内の話を聞いていると、結構トホホな話もあったから、このあたりは、どこの国の会社も同じなのだな。
 目次で内容を見ると...

I  良心の告白ーーサムスンの不正を告発する
 第1章 「良心の告白」を決意するまで
 第2章 検察はなぜサムスではなく私を捜査するのか
 第3章 相次ぐ無罪判決。有罪判決にも大統領特別恩赦
II  サムスンの世界
 第4章 特捜検事からサムスンの法務チームに
 第5章 「室」を知らなければ、サムスンはわからない
 第6章 数千万ウォンの賄賂ぐらいで何を怖気づくのか
 第7章 1999年サムスン倒産の危機
 第8章 経営権継承へ仕組まれた不正のシナリオ
 第9章 大統領選挙資金問題で割れた意見。そして退社
 第10章 李健熙ファミリー、彼らだけの世界
 第11章 皇帝経営の裏側
III 韓国特捜検察の現実
 第12章 司法研修を経て海軍法務官に入隊
 第13章 特捜検事として
 第14章 全斗煥元大統領捜査と検察の限界
IV サムスンと韓国が共生する道
 第15章 サムスンの問題は裏金だ
 第16章 特別検事の捜査で、思わぬ得をしたサムスン
 第17章 死んだ権力、生きている権力、死なない権力
 第18章 サムスンと韓国が共に生きる道

 「サムスンの世界」が経営のインサイダーレポート部分。個人的に楽しんで読んだのがここ。もうひとつ、「韓国特捜検察」の部分も興味深かった。韓国の検察は、退任した大統領を捜査、逮捕しているが、こうした「死んだ権力」だけ相手にしていることには忸怩たる思いがあるようで、首相であろうと突っ込んでいく日本の特捜検察を評価しているところもあった(まあ、日本の特捜の場合、強すぎることが今、問題になっているわけだけど...)。
 著者はサムスンの不正を内部告発したわけだが、こうした問題を生み出す温床として韓国の社会構造についても論じている。経済危機の後、社会が過剰に企業に対してやさしくなってしまったことや一種の拝金主義が蔓延していることを強く非難している。このあたり、韓国だけではなくて、日本を含め世界各国ともにそうかもしれない。危機から脱するためには、まずは経済を強くすること、そのためには世の中の仕組みもビジネスフレンドリーに、という意識が、倫理よりも優先する風潮が確かにあるかもしれない。その意味で他人事は思えず、考えさせられるところも多い。
 ともあれ、あまり知らなかったサムスンや韓国の司法の内部を覗き見ることができて面白かった。一方、内部告発については新聞もテレビも大手メディアはどこも取り上げてくれず、キリスト教系の民主化団体を通じて公表している。そのため、メディアについても激しく批判している。このあたりもいまや各国共通の問題なのかもしれない。
サムスン揺るがす「驚愕の暴露本」FACTA online => http://bit.ly/ACa34T