寺田寅彦『柿の種』

 俳句雑誌「熟柿」の巻頭ページに連載されていた寺田寅彦ショートショート・エッセイ集。身辺雑記といってもいいような内容で、今だったら、ブログに書いていたのだろうなあ、と思うような内容。中には、Twitter並みの短さのものもあり、文章の長さも一定ではない。大正から昭和初期にかけての連載で、当時の世相も窺い知ることができる。なかなか味がある。
 印象に残ったものを抜書きすると...

 眼は、いつでも思った時にすぐ閉じることができるようにできている。しかし、耳のほうは、自分では自分を閉じることができないようにできている。なぜだろう。

 何とも言えぬ面白さがある。これで全文。Twitterだなあ。
 印象派について

 全体が実物らしく見えるように描くには、「部分」を実物とはちがうように描かなければいけないということになる。印象派の起こったわけが、やっと少しわかって来たような気がする。思ったことを如実に言い現わすためには、思ったとおりを言わないことが必要だという場合もあるかもしれない。

 露天商がしきりに話しているのに、往来人は誰もが無視して通り過ぎていくを見て...

 めったに人の評価してくれない、あるいは見てもくれない文章をかいたり絵をかいたりするのも、考えてみれば、やはりこの道路商人のひとり言と同じようなものである。

 第一次大戦後、発動機を使った飛行機の製作を禁じられたドイツの科学者たちがグライダーの開発を始めたことで...

 詩人をいじめると詩が生まれるように、科学者をいじめると、いろいろな発明や発見が生まれるのである。

 このあたり科学者でもある寺田寅彦っぽい。
 石油ランプを探したが、なかなか見つからなかったという話で...

 東京という所は存外不便な所である。東京市民がみんな石油ランプを要求するような時期が、いつかはまためぐって来そうに思われてしかたがない。

 この文章は大正12年7月のもの。関東大震災は大正12年9月1日。2カ月前のもの。東京では電灯が消え、石油ランプが必要になった。偶然とはいえ、まるで予見したような文章。
 こんな話...

 自分の欠点を相当よく知っている人はあるが、自分のほんとうの美点を知っている人はめったにいないようである。欠点は自覚することによって改善されるが、美点は自覚することによってそこなわれ亡(うしな)われるせいではないかと思われる。

 確かに...。就職の面談で「あなたの長所は」と聞くのは、愚かしい質問なのかもしれないなあ。あるいは、破壊的な質問というか。
 関東大震災のほか、忠犬ハチ公の死、イタリアのエチオピア侵攻、アインシュタインの来日など、時代を感じさせるテーマがある。

柿の種 (岩波文庫)

柿の種 (岩波文庫)