鄭大世『壁を壊す!! サッカー・ワールドカップ北朝鮮代表として』

壁を壊す!! サッカー・ワールドカップ北朝鮮代表として (岩波ブックレット)

壁を壊す!! サッカー・ワールドカップ北朝鮮代表として (岩波ブックレット)

 北朝鮮の暴走が続く中で、なぜか、韓国でプレイしている鄭大世はどうしているんだろう、と思っているうちに、発見して、読んでしまった本。ワールドカップ・南ア大会が終わったあと、ドイツのボーヘムに移籍する前に早稲田大学で行った講演。サッカーのエリート教育を受けているのかと思ったら、劣悪なグラウンドのなかで練習し、這い上がってきたのだなあ。サッカーを通じて、広い世界に飛び出していくまでの物語だが、北朝鮮・韓国・日本の3つの国を祖国に育ってきた人がいま、韓国でプレイしながら、何を感じているのだろう。気になってしまった。
 もうひとつ、この本を読んでいて思ったのは、ここに出てくる北朝鮮の選手には顔がある。一方、いま、ニュースで見る北朝鮮の人々には顔がない。実際、金正恩以外は顔を出すことが許されないのだろう。そこに北朝鮮の悲劇があるし、他の国との断絶が生まれてくる。そして顔が見えないと、人間は記号化してしまう。そうした相手には恐怖心もあって、こちらの態度も冷酷・残酷になりがちだから、何が起こるかわからない一触即発の状態になってしまうんだなあ。鄭大世らしく自分の未来を自らの手で切り開いてきた、ポジティブで明るい本だが、そんなことを考えてしまった。まあ、鄭大世は好きだけど、北朝鮮は嫌いということ自体、自国民に対してさえ残忍な北朝鮮の政治体制の問題もあるが、人々の顔が見えないこともある。それぞれに人生があるはずなんだけど。この本に出てくる北朝鮮選手は愛すべき存在だし、切ない感じがする。