ピーター・ティール『ゼロ・トゥ・ワン』を読んで

ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか

ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか

 副題に「君はゼロから何を生み出せるか」。ピーター・ティールはPayPalの創業者で、創業初期のFacebookへの投資でも知られるシリコンバレーの異才。無から有を生むという、この本がイノベーション、起業の教科書としてベストセラーになっていたことは知っていたが、読もうと思ったきっかけは、トランプ政権の誕生。ティールはシリコンバレーでは極めて少ない(ほとんどいなかった)トランプ支持者で、共和党全国大会でもトランプ支持の演説をした。リバタリアンであると同時に、ゲイであることもカミングアウトしているティールがなぜトランプを支持するのか。不思議な感じがした。どこから見ても非の打ち所がないの正反対で、とんでもなく非ばかりが目立つトランプだが、支持した人物の思想を見れば、どこかトランプの長所も見えてくるのではないかと思って、この本を読んでみた。
 目次を見ると、こんな具合…

はじめに
1 僕たちは未来を創ることができるか
2 1999年のお祭り騒ぎ
3 幸福な企業はみなそれぞれに違う
4 イデオロギーとしての戦争
5 終盤を制する
6 人生は宝クジじゃない
7 カネの流れを追え
8 隠れた真実
9 ティールの法則
10 マフィアの力学
11 それを作れば、みんなやってくる?
12 人間と機械
13 エネルギー2.0
14 創業者のパラドックス
終わりに:停滞かシンギュラリティか

 スタンフォード大学でティールが教えていた起業に関する授業のノートがもとになって生まれた本だけに、イノベーション、テクノロジー、起業について示唆に富む内容になっている。改良、改善、数値管理で1を1.2やら1.5にする経営ではなく、無から有を生む、0を1とする経営論として面白いし、参考になるところが多い。社会起業家に対する疑問、AIは人間の仕事を奪うのか、といった最新の問題にも触れていて、そこも参考になる。常識に挑戦する逆張り投資家の視点が斬新であると同時に、実績に裏付けられた説得力がある。
 なぜトランプを支持したのか、という点でいうと、起業論の講義なので、政治については直接語っていないのだが、ティールの思考回路がわかるようなところもある。たとえば、正しいシリコンバレーの原則として、こんなポイントをあげている。

1 小さな違いを追いかけるより大胆に賭けた方がいい
2 出来の悪い計画でも、ないよりはいい
3 競争の激しい市場では収益が消失する
4 販売はプロダクトと同じくらい大切だ

 この1と2など、トランプ支持と重なり合う。
 こんなことも言っている。

今日の「ベスト・プラクティス」はそのうちに行き詰まる。新しいこと、試されていないことこそ、「ベスト」なやり方だ。

 このあたりもオバマ政権の継承を打ち出したヒラリー・クリントンでは「ベスト・プラクティス」は追求しても、未来はないということかもしれない。
 グローバリズムにも限界を感じている。というか、「グローバリゼーションとテクノロジーは異なる進歩の形」としたうえで、これからの繁栄をもたらすのはグロバーリズムではなくて、テクノロジーと信じている。

僕自身の答えは「ほとんどの人はグローバリゼーションが世界の未来を左右すると思っているけれど、実はテクノロジーの方がはるかに重要だ」というものだ。今のままのテクノロジーで中国が今後20年間にエネルギー生産を二倍に増やせば、大気汚染が二倍になってしまう。インドの全世帯が既存のツールだけに頼ってアメリカ人と同じように生活すれば、環境は破壊されてしまう。これまで富を創造してきた古い手法を世界中に広めれば、生まれるのは富ではなく破壊だ。資源の限られたこの世界で、新たなテクノロジーなきグローバリズムは持続不可能だ。

 このあたりの発想をトランプはどう考えているのだろう。トランプは地球温暖化を信じていないが、ティールは違う。グローバリズムがそれだけでは人々を幸福にはしないというところで一致しているのだろうか。
 共和党大会の演説を読むと、ティールは、今のチマチマした政府が気に入らない様子でもある。かつて人類を月に送り込むアポロ計画のような野心的なプロジェクトを打ち上げ、実現した米国政府がいまは何をやっているんだ、火星に行く代わりに中東侵攻を計画して、どうする、もっと大胆な未来図を描くことこそ政府の役割ではないか、という。実際、気宇壮大な計画はヒラリーには期待できないが、はったりが好きなトランプは何かやるかもしれない。「出来の悪い計画でも、ないよりはいい」の発想でいえば、トランプに「大胆に賭ける」ことはティールにとっては自然のことだったのかもしれない。
 ただ、ベンチャー企業の場合は失敗しても出資金が消えるだけで終わるが、国家の場合は…。ちょっと怖くもある。リバタリアンで、中央政府に不信感をもつティールとしては、破壊で終わってもいいと思っているのだろうか。創造的破壊になると。
 ともあれ、ベンチャー論、起業論、イノベーション論の教科書として秀逸で刺激的。無から有を生むモチベーションを高めてくれ、元気づけ、注意すべきことも教えてくれる。一方、ティールがなぜトランプに米国の未来を賭けるのかということは、わからないでもないが、ちょっと大胆すぎるのではないか。あまりにもハイリスク・ハイリターンのような(あるいはハイリスク・ローリターンか、ノーリターンか)。ティールには、採用面接で必ず尋ねる質問があって、それは「賛成する人がほとんどいない。大切な真実はなんだろう?」。トランプが大統領になることが米国を偉大にすることなのか。それが真実となるのかどうかはまだまだわからないが、その答えに賛成する人がほとんどいないことだけは確かなような気がする。
共和党全国大会でのティールのスピーチ
 Republican Convention: Read Peter Thiel's Speech | Time.com
★トランプ当選後のティールへのニューヨーク・タイムズのインタビュー
 ティール、トランプを語る(前編)
 ティール、トランプを語る(後編)