エレナ・ジョリー聞き書き『カラシニコフ自伝』

カラシニコフ自伝 世界一有名な銃を創った男 (朝日新書 106)

カラシニコフ自伝 世界一有名な銃を創った男 (朝日新書 106)

 副題に「世界一有名な銃を創った男」。カラシニコフといえば、旧ソ連が創造したグローバルブランド。先進国から新興国、途上国まで知らない人はいないというのは納得。その伝説の「AK47」を設計したミハイル・カラシニコフ自らが語る生涯を聞き書きしたもの。カラシニコフの「私の履歴書」といっていい。読み終わった印象は、ソ連の祖国大戦争を戦い、旧ソ連体制にノスタルジーを持つ銃器オタクの職人である頑固じいさんの一代記。
カラシニコフ銃 AK47の歴史 驚くのは、カラシニコフが富農の出身で(富農といっても現代の目からみると貧農に近いが)、家族はシベリアに追放されながらも、そこからひとり脱走してパスポート(国内移動の身分証明書)を偽造、自らの出身を隠していた人物であること。さらに驚くのは、それでいながら、自分の家族を追放し、父を死に至らしめたスターリンを尊敬し、フルシチョフも、ゴルバチョフも、エリツィンも軽蔑していること。こうしたところに人間の不思議さがある。いまでもスターリンは「20世紀の偉大な国家指導者のひとりであり、偉大な軍の統率者だった」と考え、自分たち家族の悲劇は地方の小役人の過ちのせいだと信じている。文化大革命の時に反革命分子として圧殺された人たちが毛沢東が救ってくれると最後まで信じていたのと同じ。陰謀と暴力の中心にいたのは毛沢東だったのに。ソ連でも同じだったのだなあ。
 カラシニコフの場合、銃器の開発で党に評価されていたこともあるかもしれないが、今でもレーニンとスターリンを尊敬し、当時の理想を信じている。ただ、ソ連崩壊後のロシア社会の崩壊が凄まじかったことは確かで、銃を一緒に開発したメンバーの一人は、工場からの帰りにチンピラ集団に襲われて、殺されている。そうした体験も旧体制の秩序に対するノスタルジアを生んでいるのかもしれない。この本では、プーチンは出てこないが、この文脈からすると、プーチンのことを評価しているのかもしれないなあ。それがロシアの一般庶民の感情なのかもしれない。
 カラシニコフは自分が生んだ殺人兵器の傑作「カラシニコフ」について、どう思っているのか。

 自分の仕事、特に自分の発明品が人々の解放に使われたと耳にすると大きな誇りを感じる。反対にそれが他者を抑圧することに使われた場合には、当然のことながら心が張り裂ける思いだ。私の銃はしばしば誤った使い方をされているが、それに対して責任は感じていない。というのも、自分の銃の設計に関すること以外に私が決定権を持ったことなど一度もなかったからだ。だから、世界の今の状況を自分の責任だと感じたことはまったくない。そもそも政治的な問題に関与したことなどないのだから。

 そう考えるしかないのだろうな。ソ連の最高会議の代議員だったこともあるわけだから、完全に政治と無縁とはいえないのだけど...。倫理的な側面には踏み込まない技術者特有の言い方のようにも聞こえる。ベトナム戦争で活躍した米国の「M17」を設計したユージン・ストーナーイスラエルの有名な短機関銃「ウージー」の生みの親、ウジール・ガルとの交流に関する話も出てくる。みんな同じような愛国的な職人だったのだろうな。
 「訳者あとがき」で「自身の人生を振り返るその口調は、“アーティスト(すぐれた職人や芸術家)”としての情熱にあふれ、すがすがしささえ感じられる」とあったが、いくら世界中で大量に生産されているカラシニコフから1銭も得ていないとはいっても、この自伝に「すがすがしさ」を感じることはなかった。ただ、カラシニコフという卓越した銃を生み出し、数奇な人生をたどった人物を通じて、ひとつの時代を知ることができる。