多谷千香子『「民族浄化」を裁く』

「民族浄化」を裁く―旧ユーゴ戦犯法廷の現場から (岩波新書 新赤版 (973))

「民族浄化」を裁く―旧ユーゴ戦犯法廷の現場から (岩波新書 新赤版 (973))

 先日、NHK衛星放送で、スレブレニツアの虐殺に関するドキュメンタリーを放映していたのをたまたま見た。セルビア人によるモスリム人虐殺の記録映像が発見され、その場面が放映されたのだが、ナチスユダヤ人を殺したように並ばせて後ろから撃ち、さらに死体をモスリム人に始末させたうえで、その人たちも射殺する。なぜ、こうした事件が起きたのか、関心を持って、選んだのがこの新書。副題に「旧ユーゴ戦犯法廷の現場から」とあるように、著者は日本人で唯一、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所の判事を務めた人物で、それだけに生々しい虐殺の証言が記録されている。複雑なユーゴの民族情勢、政治情勢に加え、混乱に拍車をかけた欧米政府や国連の外交の迷走ぶりも記録されている。この凄惨な悲劇を生み出したのは複雑な民族構成にあると考えがちだが、それ以上に、社会主義崩壊の混乱に乗じて、私腹を肥やそうとした私利私欲の権力亡者たちの策謀と暴力に原因があるという解説も納得できた。国際刑事裁判所設立をめぐる努力も、そうしたなかで理解できる。民族意識を利用して自らの野心を遂げようと言う例は過去、いくつも例がある。ユーゴ問題を理解するのに最適の書であるし、ユーゴだけではなく、ルワンダ、シェラレオネなど、いくつもの悲劇を防ぐために何ができるかを考えるうえでも参考になる書だった。
 で、本編と関係なく、面白かったのは、最近の裁判所のIT化。旧ユーゴ法廷では、こんな具合だったという。

 裁判官は、法廷で各自二台のコンピューターを利用できる。一つのコンピューターでは、英語に通訳された証言をほぼ同時にスクリーン上の文字で見ることができる。そして、もう一つのコンピューターでは、証言を聞きながら過去の公判調書をキーワード検索したり、ビデオ・リンクによる証人尋問や現場写真などの取り調べにも利用できた。

 すごいなあ。IT装備とは、こういうことか。米国の裁判でも判事の前にノートパソコンがあったりするが、こんなことができるのか。