吉田直哉『発想の現場から』

発想の現場から―テレビ50年 25の符丁 (文春新書)

発想の現場から―テレビ50年 25の符丁 (文春新書)

 副題に「テレビ50年 25の符丁(キーワード)」。NHKで数々の名作番組を創った吉田直哉氏が25のキーワードをもとに番組制作の方法を語る。ドラマ、ドキュメンタリー双方で活躍しただけに、企画、取材、制作現場それぞれの裏話も面白く、一気に読めてしまう。
 25のキーワードを目次で追うと、こんな具合...

  1. カラマデーー イオカード
  2. テッパンーー 3日後
  3. モドリーー バック・トゥ・ザー・フューチャー
  4. オヤトイーー 尋ねびと
  5. ヒノハカマーー 壇ノ浦
  6. ラッカフウーー 顎
  7. ドンゴチョウーー 相身互い
  8. ザザレーー 滅び
  9. ジロチョウーー 仮説
 10. ナスカー一の宮
 11. プラハーー さながら
 12. コヤセシノギーー つきあい
 13. シュローー サハラ
 14. サバクサラカシーー あさま山荘
 15. カサブランカーー モデル
 16. ゲランーー ヤヌス
 17. ハリャコリャーー ガウディ
 18. マユミーー 太平記
 19. シンタロウーー ノア
 20. ハシバミーー ファン・ザイル
 21. ハンタコナーー マスタ
 22. ダイドコギンガ ーーラップフィルム
 23. ホロン ーー人類は......
 24. ネコデシャクナゲ ーーバーミヤン
 25. ユーロ ーーこころざし

 成功した話も失敗した話も面白い。また、ヨーロッパ、米国、中央アジアからアマゾンに至るまで世界中を舞台にした壮大なスケールにも圧倒される。ただ、一方で、テレビが若くて元気な良い時代だったのだなあ、とも思う。メディアが構造不況に陥った今、テレビの人たちも相当大変そうだけど、これを読んで、どう思うのだろう。
 あるメディアのベテランの人が「飲み会で酔っ払って、ついバブルの時代はいかに経費が使い放題でリッチな環境だったかという思い出話をしていたら、『これ以上、そんな話をするのだったら、私は帰ります』と若手に怒られちゃった」と話していたけど、この本も参考になる話が満載である一方で、同じような声が出てきそうな気も...。「はい、はい、昔は良かったです」と...。NHKは今でも制作環境は変わらないのだろうか、民放ほど、きつく制作コスト・カットは求められていないんだろうか、とか考えてしまった。
 それはさておき、ポロロッカを初めて撮影して紹介したり、テレビドラマの演出手法を次々と創造したり、当の番組を見ていなくても面白く読める。今もテレビで使われている演出手法も多い。
 この本、こんな話で終わる。1972年、ユーロ誕生の30年前、欧州統合を主唱していたリヒャルト・グーデンホーフ・カレルギー伯は筆者に「第一歩が通貨統合」と言った。

 三十年前、この言葉を夢想としかききとらなかった私はいま、毎日のようにユーロという通貨の名を耳にして、高く大きく志をもつことがいかに大事か、あらためて痛感しているのである。
 人と同じきを恥じるひとだった。きのうをなぞって、きょうを安易に生きることを潔しとしないひとだった。
 だからこそリヒャルトは、高い志をもって新しい地平を望むことができたのだと思い、ひるがえって彼の母ミツコの祖国日本が、この五十年間ゆっくり失ってきたもののことを考える。
 ほかならぬ、志である。テレビ半世紀の歴史のなかで、あきらかに失われてきた。テレビの世界だけならまだしも、ほかのあらゆる分野でも事態はまったく同じようにみえるので、深刻な気もちになる。

 「志」ーー予算がないとか、時代が変わったとか、もろもろ言う前に、何を表現したいか、何を創りたいかという「志」のうほうがメディアにとっても問題なのかもしれない。映像を見てもらいたいと思えば、YouTubeも、ニコ動も、ユーストリームもあるわけだし。このあたりは内田樹が『街場のメディア』で指摘したメディア衰退の原因に通じるものがある。
内田樹『街場のメディア論』読後感
 http://bit.ly/d7c4xg