若林秀樹『ヘッジファンドの真実』

ヘッジファンドの真実 (新書y)

ヘッジファンドの真実 (新書y)

 野村総研から外資系のアナリストを経てヘッジファンドに転じた若林秀樹氏による実感的ヘッジファンド論。ヘッジファンドがどのように生まれ、どのようなタイプがあり、どのような運用を行っているのか、コンパクトにまとめられており、参考になった。
 こうして読むと、ヘッジファンドは、先進国経済が成熟化するなかで、時代が生み出したファンドと思えてくる。経済成長の時代ならば、「buy and hold」で投資して保有していればいいが、経済が成熟し、一方調子で右肩上がりの相場が期待しにくく、しかも為替も金利も激しく変動し、デリバティブなど運用方法も多様化する時代にあっては、運用も「buy and trade」へと変わっていく。長期保有のリスクが高まり、買っては売り、売っては買い、短期で収益を積み重ねていく運用でないと、なかなかパフォーマンスが出ない。投資(買い)だけではなく、売り(空売り)からも収益をあげるファンドが求められるのは時代の要請だったのかもしれない。そんなことを読みながら、考えてしまった。
 目次で内容を見ると...

第1章 ヘッジファンドとは何か
第2章 ヘッジファンドにはどんなストラテジーがあるか
第3章 ヘッジファンドとはどんなビジネスモデルか
第4章 ヘッジファンドの運用はいかになされているか
第5章 ヘッジファンド批判に答える
第6章 なぜアナリストからヘッジファンドへ転じたのか
第7章 私の株式市場論
第8章 ヘッジファンド会社の紹介

 で、印象に残ったところをあげると...
 まず、ヘッジファンドは運用者個人に依存するということ。

 ヘッジファンドの成功は「ファンドマネージャ」という人間にかかっているのだから、その健康状態や家族状況なども事前にチェックされる。そして契約の中には、ファンドマネージャが喧嘩別れなどして辞めた場合は、契約は破棄されるのである。これがキーマン条項である。

 続いてヘッジファンドから少し離れるが、最近のアナリストについて...

 決算説明会などのアナリストの質問は、レベルが落ちたのではないだろうか。せっかく会社のトップが来ているのに、細かい数字の確認をする者、「よいしょ」の質問しかしない者、質問というよりは細かい知識をひけらかす者が増え、会社と対峙して真剣に経営戦略についての議論をする者が減ってきたように思う。説明会での質問を聞くと、アナリストのレベルがわかる。

 このあたり記者の世界も同じようなことが起きているのではないか。記者会見の席は、同じような質問の場になっていないだろうか。で、運用について...

 銘柄には「プライス」がより重要な場合と「タイミング」がより重要な場合があり、それを区別する必要がある。特に出来高が少ない中小型株の場合は、なかなかうまくタイミングがとれないため、プライス重視になり、じっくり時間をかけて買うことになる。

 なるほど。ファンドが多くなるほど、流動性は悩ましい問題だろうなあ。で、ファンドの規模について...

 経験上一人のファンドマネージャがパフォーマンスを出しやすいサイズは200〜300億円とも言われている。こうしたことから、ヘッジファンドらしい好パフォーマンスを維持するには1000億円が上限で、500億円ぐらいがひとつの目処であろう。そういうことを考えて、ストラテジーポートフォリオの構築を考えなければいけない。

 これもわかるような気がする。為替や債券の運用をしてきた人が同じようなことを言っていた。運用の限界があると。次に伝統的な運用とヘッジファンドの主な相違点について...

 第一に、ヘッジファンドはロングとショート、両方のポジションを持てるので、少ない銘柄で分散効果を出しやすく、比較的いくつかの銘柄に集中するが、伝統的な運用では幅広く分散する。
 第二に、ヘッジファンドは得意なセクターにしか投資しないが、伝統的な運用者は全セクターに広がるため、浅く広く銘柄について勉強しなければならない。
 第三に、ヘッジファンドの場合、保持する銘柄は100以下だが、伝統的な運用ストラテジーは数百にのぼる。
 第四に、リスクに対する認識がヘッジファンドでは「絶対収益を獲得できないこと」に対してあるが、伝統的な運用ストラテジーでは「ベンチマークに対する相対的な偏差」である。さらに、評価尺度もわれわれは絶対リターンだけでなく、標準偏差を考慮した「シャープ・レシオ」で計測することも多い。

 この比較はわかりやすい。最後に、若林氏は短期主義と批判されるヘッジファンドの側から、長期投資主義に疑義を呈する。非線形的な超中期を予測することは可能か、というのだ。

 そもそも中長期主義者、あるいは中計をつくる人間は、ニュートン力学の信奉者であり、メッシュを細かくして、緻密に分析すれば、中長期は予測可能だという立場をとる。しかし実際は、非線形量子力学の世界であり、予測は不可能である。初期条件を変えれば実態は変わる。そこで、ともかく行動を起こし、計画との対比から修正していくやり方が正しい。(中略)杜撰な予想ではダメだが、ある程度予想して売買して、微調整していくのが非線形量子力学を少しでも齧って得た哲学の持ち主であろう。

 これも説得力がある。長期投資はすごく難しくなっている。アップルの売上高がマイクロソフトを上回ることなど10年前にはとても予想できなかったし、一方で、アップルが10年後も安泰かといわれれば、保証の限りではない。IT産業はとりわけ主役交代が激しく、特殊かもしれないが、それでも、中国勢の勃興など、あまりにも変数が多くて、長期の企業価値を読むのは難しい。となると、ヘッジファンドのような運用は、この変動の時代に対する一つの解答なのかもしれない。長期投資主義の人からの反論も読んでみたい気がする。ともあれ、現在の経済についても考えさせられる刺激的な本だった。
 最後に、若林秀樹氏のヘッジファンド「フィノウェイブインベストメンツ」のウェブページはこちら。
 http://www.finnowave.com/