ベン・メズリック『facebook』

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 副題に「世界最大のSNSビル・ゲイツに迫る男」。だとすると、タイトルは本当はマーク・ザッカーバーグというのが正しいのかもしれないが、「facebookフェイスブック)」。いま最も注目を集めるネット企業のルポルタージュであり、来春日本で公開されるデビッド・フィンチャー監督の「ソーシャルネットワーク」の原作でもある。
 フェイスブックをめぐってはザッカーバーグハーバード大学の学友たちとの訴訟合戦が有名だが、この本では、のちに法廷で争うことになる学友たち、エドゥアルド・サヴェリン、ウィンクルボス兄弟との関係と初代フェイスブック社長でナップスターの創業者でもあるショーン・パーカーを軸にフェイスブック起業の軌跡が語られる。取材にもとづく事実の再構成と言うが、小説のような語り口で、セックスシーンまであるから、これをニュージャーナリズム的なルポルタージュとみるか、ノンフィションノベルとみるかは難しいところ。かなり小説っぽいが、映画やこの本が訴訟になっているわけでもなさそうだから、それなりに事実なのだろう。
 訴訟にも発展したフェイスブックのアイデアが盗用であったかどうかという点については、本を読んでいる限り、盗用とまでは言い切れない。ただ、ザッカーバーグの対応が不誠実であったことは確かで、それが感情的な軋轢を生んだようだ。加えて、印象にのこるのは、マーク・ザッカーバーグのどうしようもない暗さ。この暗さが本人に取材できていないためかどうかはわからない。周辺取材から浮き彫りにすると、ザッカーバーグの姿は陰鬱なものになってしまうのだろう。フェイスブックが時折起こすトラブルの陰湿さと共通するものがある。
 facebookのサービスは明るいのに、創業者と企業行動には明るいイメージがない。ビル・ゲイツも明るいとはいえないが、ここまでの暗さはない。冷徹なビジネスピープルという感じではあるが、それでもスティーブ・バルマーとか周囲には盟友、軍団がいる。グーグルのラリー・ペイジセルゲイ・ブリンとも違うし、Linuxリーナス・トーバルズとも違う。どこまでも独裁者であり、どこか信用できない感じがする。それが法廷闘争にまでなってしまう一因かもしれない。一応、本では、ギークらしい人間づきあいの下手さゆえ、というのだが、それとも、ちょっと違う感じがする。カネ儲けは上手だし、世渡りも巧みな感じがする。
 で、目次で内容をみると...

「ファイナルクラブ」で出会った男/ハーバードヤード/「ハーバードコネクション」/フェニックスの通過儀礼/ハッキング/寮への侵入/予想外の反響/エリートたちの思惑/勧誘/電子版ファックトラック/双方向のソーシャルネットワーク/マークの言い訳/「ザ・フェイスブック」運用開始/寝耳に水/警告状/学長への直訴/「ナップスター」創業者の登場/大金持ちの予感/マークの野望/タイラー達の逆襲/創業者の資質/ショーン主催のパーティー/踏み潰されるライバルたち/疎外されるエドゥアルド/「ペイパル」創業者への売り込み/フェイスブック株の行方/エドゥアルドの油断/株の売却/弁護士からの通達/ビリオンダラーベイビーの誕生/訴訟/ショーンのスキャンダル/冷徹な決断/パーティーは終わった

 この目次に登場する「(ハーバード大学)学長」は、のちにオバマ政権入りしたラリー・サマーズ。ここで描かれるハーバード大学は、「白熱教室」とは違って、欲の世界。「良い学歴」と「良い人脈」を得て、「良い収入」と「良い女」を手に入れようとする世界であり、ハーバードと、その中にある会員制クラブは金銭欲、物欲、名誉欲、性欲すべてを満たしてくれる存在。一般教養科目には、みんな興味なし、といった感じで、日本の学生とあまり変わらない実利主義(考えてみれば、当たり前か)。
 有名大学に閉ざされたソーシャルネットワークづくりも、学業が忙しい中で、「有名大学」の名前をつかっていかに美人の女の子(あるいはイケメン)をゲットするかというところから出発したという。このあたり説得力がある。やはり原初的エネルギーは「セックス」から生まれていたのか。結構、ウケを狙っている本だから、そういうストーリーのほうがウケると思ったのかもしれないけど。相当、鼻持ちならない連中としてハーバードを描いている。それだけに著者はハーバード出身じゃないんじゃないかと思ったら、ハーバードだった。
 ともあれ、この本、フェイスブック秘話として面白いし、米国のベンチャー起業の過程や名門大学の内部を垣間見ることができる。有望ベンチャーに一口かもうとする大人たちは若者を豪華グルメと酒とセックスの世界に誘う(どこの国でも同じだなあ)。ただ、サクセスストーリーにしては冬の空のように陰鬱。巨額のカネが関係してくるから、トラブルが起きるのはわかるが、それでも、この陰鬱さは、マーク・ザッカーバーグの個性から生まれてきているように思える。映画では、どう描かれているのだろう。
★映画「ソーシャルネットワーク」予告編