西川善文『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』

ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録

ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録

 筆者は言わずと知れた元三井住友銀行頭取、前日本郵政社長。とあって、最初は頑固なおじいちゃん財界人の自慢話的回想録かと思って、ちょっと敬遠していたのだが、いろいろなところに出ている書評を読むと、面白そうなので読んでみた。で、これが面白かった。「破綻処理と再建」に明け暮れた銀行マンの奮戦記だった。安宅産業の経営破綻、平和相互銀行問題、イトマン事件、バブル崩壊後の住専処理をはじめとした銀行の不良債権処理、巨大銀行合併、郵政民営化と問題案件の処理に追われ続けたビジネスマン人生だったことがわかる。今でも関係者は多いし、すべてを書くことはできないのだろうが、それでもかなり踏み込んで書いている。どれも日本の経済史に残る大事件だけに、どのような状況にあって、どのように考え、意思決定したのか、その記録を残す意義は大きい。
 目次で内容を見ると...

第1章 バンカー西川の誕生
第2章 宿命の安宅産業
第3章 磯田一郎の時代
第4章 不良債権と寝た男
第5章 トップダウンとスピード感
第6章 日本郵政社長の苦闘
第7章 裏切りの郵政民営化

 第3章では、平和相互銀行問題、イトマン事件が語られる。イトマン事件については、こんな一節がある。

 イトマン事件は磯田さんが長女の園子さんをことのほか可愛がったために泥沼化したのだと私は思う。

 イトマン事件では絵画取引に長女が務めていたセゾングループの宝飾販売会社が絡んでいたことから、当時から事件の背景として、このあたりの話が囁かれていたが、名前を出して触れているのに、ちょっとびっくりした。
 郵政民営化で鳩山総務相に因縁をつけられた件は当時から西川社長に同情していたが、本人も憤懣やる方ない様子で、この問題について第三者委員会の調査結果も引用しながら、当時の件について反論している。往々にしてデマゴーグ型政治家は言いっ放しでメディアを扇動し、そちらを歴史に残してしまう。汚名を着せられた人のほうが大変だなあ。この本を読むような人は、やっぱり変なのは総務大臣のほうだったのね、と思うのだが、ほとんどの人は当時のテレビと新聞の記憶だけだろうから、西川氏が汚名を晴らすのも大変だろうなあ。
 このほか、面白かった部分をいくつか抜書きすると...

 経営は、失敗を全体として一定範囲内(経営として許容できる範囲内)に納める技術ともいえる。完ぺき主義、満点主義からは何も生み出せない。

 経営とは、いかにリスクを管理するかにある。
 楽天の三木谷社長との交流を語っているところで...

 今の大企業の経営者たちはどうだろうか。若い経営者の活躍を冷ややかに眺め、いまだに財界活動がお好きな経営者が多いが、いまどき財界内の仲間だけで話をしていったい何の意味があるというのか。その象徴のような存在が経団連なのだろう。経団連というと、日本企業のトップが集まって日本経済の行方を見据えていると思っている人がいるかもしれないが、実際は組織としてかなり硬直した部分があり、官僚ならぬ民僚まで存在している。彼ら民僚は経済人ではなく、経団連という組織のために動いているのだ。経団連の会長になるには、そういった民僚と戦えるだけの資質と多数のスタッフが必要になる。そんなにまでして会長になったところで、いま経団連に日本経済を引っ張る力がどれほどあるだろうか。経団連はもはや無用の長物だと私は思っている。

 辛辣だなあ。でも、当たっている。西川氏、けっこう反骨・異端の経営者なんだな。
 最後にリーダーシップ...

 リーダーシップとは、直面する難題から逃げないことである。

 確かに、そのリーダーの姿が、この本の中に貫かれている。勝海舟ではないが、「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」と言っているような雰囲気が漂う。
 回顧録ではあるが、「郵政民営化」の流れを元に戻そうとする政治力学を描いた最終章は、日本の現在と未来につながる問題で、このあたりは、まだ回顧して終わる話にはなっていない。