増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

 本文2段組で700ページに迫る大著。この活字離れの時代に挑戦するかのような分厚い本だが、これが売れている。読んでみると、その理由がわかる。これはすごい。日本のプロレス人気を創り出した力道山木村政彦の一戦(当初の打ち合わせを破り、力道山が木村をボコボコにして勝利した事件)を出発点に、日本最強の柔道家といわれた木村政彦の生涯と柔道・格闘技・プロレスの歴史を辿る。木村の師である牛島辰熊極真空手創始者大山倍達、そして力道山と「英雄たち」の歴史が語られる。綿密な取材をもとから紡ぎ出された物語は、柔道、格闘技の歴史であるだけでなく、昭和史としても面白い。ともあれ、量も内容も、すごい本。あとがきで「昭和は男たちの時代であった。しかし、平成は間違いなく女たちの時代だ」というお言葉が出てくるが、これは男臭い昭和の本。
 目次で内容を見ると…

第1章 巌流島の朝
第2章 熊本の怪童
第3章 鬼の牛島辰熊
第4章 武徳会と阿部謙四郎
第5章 木村政彦高専柔道
第6章 拓大予科高専大会優勝
第7章 全日本選士権3連覇
第8章 師弟悲願の天覧試合制覇
第9章 悪童木村と思想家牛島
第10章 東條英機を暗殺せよ
第11章 終戦、そして戦後闇屋の頃
第12章 武徳会と高専柔道の消滅
第13章 アマ最後の伝説の2試合
第14章 プロ柔道の旗揚げ
第15章 木村、プロ柔道でも王者に
第16章 プロ柔道崩壊の本当の理由
第17章 ハワイへの逃亡
第18章 ブラジルと柔道、そしてブラジリアン柔術
第19章 鬼の木村、ブラジルに立つ
第20章 エリオ・グレーシーの挑戦
第21章 マラカナンスタジアムの戦い
第22章 もう一人の怪物、力道山
第23章 日本のプロレスの夜明け
第24章 大山倍達の虚実
第25章 プロレス団体旗揚げをめぐる攻防
第26章 木村は本当に負け役だったのか
第27章 「真剣勝負なら負けない」
第28章 木村政彦 VS 力道山
第29章 海外放浪へ
第30章 木村政彦、拓大へ帰る
第31章 復讐の夏
第32章 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

 うーん。すごい。目次を見ただけで、どれだけの大著か、そして、どれだけ幅広く、強さを求めた男たちを描き出した本かがわかる。
 一方で、明治以降、格闘技をめぐる伝説にはマスメディアが大きな役割を果たしことがわかる。講道館柔道には「姿三四郎」があった。力道山はテレビの申し子。大山倍達を語るには、梶原一騎の「空手バカ一代」を抜きには語れない。それぞれ伝説をつくるコンテンツがあった。他の流派を圧倒したのは強さだけでなく、マス・マーケティングの勝利とも言えた。その意味で、木村政彦はメディアに乗り切れず、忘れ去られた存在となってしまった。力道山に負けたことで記憶されていた人物だった。しかし、講道館柔道の正史から忘れ去られた柔道界最強の男、木村政彦増田俊也氏の筆によって、その伝説が蘇り、歴史に残ることになった。
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